その他

□小噺
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【蛾】



己は蛾だ。

どんなに焼かれようと触れられぬ火を求めて幾度も飛び込む惨めな羽虫。






…………

す、と指一つ分襖を開け、中を伺う。
若いとはいえ既に秋水の陰が見える面差し。
『伊達家の片倉』として敵味方に名が通る様になり、今現在は伊達の嫡男、梵天丸の徒小姓を務める片倉小十郎景綱その人である。


その細い隙間から中を覗けば、部屋の隅で小さな体を更に小さくして壁に向かう小十郎唯一人の主の姿があった。



−嗚呼、今日もか−

つくりと胸が痛くなる。

梵天丸が疱瘡により片目の光りを失うと同時に、母からの愛情という光りも月影が雲隠れするように閉ざされてしまった。

梵天丸は母の急変が理解出来なかった。
ようやっと現実が分かると、隻眼になってから内向的に変わった性格に自虐的なものまでもが加わり、他人とまともに視線も合わせられなくなっていた。


母はそんな幼主をますます嫌った。

童子には解せぬような残虐な言葉で罵る。
解せぬとも声音で、雰囲気で感じてしまうのが罵倒というもの。


しかし


どんなに罵られ、虐げられても母を求めてしまうのが子なのだ。

もう母はいらぬ、喜多を母としよう、と投げ付けられた扇子の痕が痛々しかったのは昨夜の事。

でも、また母を覗き見にでも行って散々に詰られて来たのか薄い肩を震わせ泣いている。


心底嫌いになれれば涙など流さずに済むのに。
口でどうこう言おうと確かに血は繋がり、母と子であるが故に渇望して止まない母の愛。


「梵天丸様」


また

また己はこうして襖を開き、己が幼主の健気なばかりの強がりを聞く。

後ろ手に隠された投げ付けられた扇子を見ないふりをして背中を摩り、泣き付いてくれるのを待つのだ。




………



火に焼かれる蛾は辛かろう。

だが、何も出来ずにただ見ている事しか出来ない己もまた、

見ている事しか出来ないからこそ、
身は焦がされ焼け尽かんばかりに辛いのだ。



彼の方は火を求め、己は唯、暁を求める。






◎小十政というより梵+小十。

幼少噺書くの実は好きです…

07.1/14
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