奉献之文

□夏風、愛しい天邪鬼。
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−俺は馬鹿か−


三成は蝉の鳴き声を三伏と呼ばれる季節に布団に包まり聞いていた。


暑いような寒いような何とも言い難い感覚にうんうん唸りながら寝付く事三日。
己の脆弱さに舌打ちしたい気分になる。


三成は倒れた。
元来体が強い方では無く、よく季節の替わり目には喉を痛めたり風邪を引いたりした。
その上、執務に明け暮れ、睡眠や食事を疎かにする事がよくあり、家老の島左近にはその事でよく注意された。

「…だが『馬鹿は風邪をひかない』と言うからな…」


ぼんやりとする頭で下らない事を考えながら呟いてみる。
じーじーと喧しく鳴き騒ぐ蝉の音と己の声以外耳に届くものは無く、


騒がしい筈なのに寂しくてぎゅうと胸が苦しくなり、ある者の名を呼びたくなる。


−左近−



−この世で独りになった−そんな錯覚が齎(もたら)した悲しさに心が毛羽立つ。





「失礼します」


言って部屋に入って来たのは島 左近。右手にはからからと氷が入った桶、左手には盆に載せた土鍋、−多分粥であろう−を器用に持っていた。


「具合はどうです?」


「良かったら寝ているわけが無いだろう…」

つんけんとした言い方にむっとするわけでも無く、「仕方が無い人だ」と言うように笑み、三成の枕元に座した。

「失礼します」


既に生温くなった額の手拭いを取るとじゃぼじゃぼと桶で洗う。
桶の中の水が波打つ度からと氷が鳴り、天からの熱気と己自身から発せられた熱で浮された頭に心地良い。


「……っ!」


冷たさに体をびくりとさせると、よしよしと頭を撫でられる。
小さな子供になったようでぷいと顔を背けると額に載せられた手拭いが落ちた。


「駄目ですよ…まだ熱があるみたいですからね…」


優しい筈なのに、
優しく労ってくれているのだから嬉しくても良いのに、


心がますます毛羽立ち、がさがさと苛々を呼び起こす音を立てた。
何故こうも左近に逆らいたい、怒鳴り散らしてやりたいと思うのだろう。







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