奉献之文
□異・山月記
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−昔々−
明が『唐』と呼ばれていた頃。
夢破れ、希望を失くし、悲しみのあまり虎に変じてしまった男がいた。
虎となった男は悲しみと浅ましい獣に成り下がった我が身を嘆き、毎夜月に向かって慨嘆の咆哮をしたという−…
が、
彼の男が世を憂いたりする筈も無い。
佐和山城主、石田三成は壮美な顔に『不信』の二文字を浮かべている。
「どういう事だ…!」
「どういう事なんでしょうね」
張り詰めた声に答えたのは、のほんとした男の声であった。
「貴様の事だろうが!もう少し危機感を持て!!」
苛々と三成が声を荒げる原因は目の前に座る家臣、島 左近。
「と、言われても左近にも『虎』になった理由など全く分からないですよ…」
そう、左近は『虎』になってしまった。
『虎』と言っても耳と尾が生えてしまっただけだが。
燻し銀の髪から生える縁が黒い丸みのある耳がぴくぴくと可愛らしく動く。
黒と鬱金色の縞が入った尾は猫のそれより長く太い。
三成は朝鮮出兵の際に虎を見た事があった。
顔を思い出すのも虫酸が走る、同じ釜の飯を食らった男が得意げに諸将にその骸を見せびらかしていた。
そう感じたのは三成だけかも知れない。
皆、虎を既に生ける物では無く、珍しい調度品を見るような目で見ていたが
−生きている。−
深山の王は死してなお目を見開き、堂々としている。
美しい毛並みは陽光に照らされ金に輝いていて、今だ魂が篭っているかに見えた。
−左近に似ている−
左近に出会ってから三成はしきりにそう思うようになっていた。
「…だからと言って本物の虎になれとは言ってない!」
「!?突然なんですか?」
突如怒鳴られて左近の耳がぺたり伏す。
三成は溜め息をつくと
「俺は今から執務に出てくる。お前は自室で控えていろ」
「別に具合が悪いわけじゃないんで…俺も行きま「お前は城の人間事々くをひっくり返すつもりか?」
顔をくっつく位近付け、睨み合う事しばし。
「控えてます…」
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