駄文
□竹葉に酔ふ
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静かな夜だった。
まだ如月の頃とはいえ火鉢に炭を食わせれば夜着一枚で凌げる、珍しく暖かい冬の夜。
細い紙燭は、書をめくるだけの些細な風にもさやめきゆらゆらと揺れた。
火鉢と共に燭のまろい明かりが一層部屋を暖かくみせる。
書をめくる指先は細く、文字を辿る双眸は伏せ目がちで瞬きの度に震える睫毛が艶っぽい。
静かな部屋には書をめくる音、とたまに燭がぢぢ、と焼ける小さな音以外は一切しなかった。
「三成様」
それを破る男の声。
書に没頭していたのか微動だにしなかった陰がぴくりと動いた。
「何だ」
玲瓏な容姿とは裏腹に、発した声音は存外低いものである。
一見すれば極上の女にも見えるが、その実彼は男で更に一国一城の主。
名を石田三成。
至福の書に耽る時を妨げられ、些か機嫌を悪くしたらしい。
襖の向こう側でもそれを感じ取ったのか、今度はしどろもどろとした口調だった。
「はっ…申し上げますれば……島様が…」
三成の柳眉が片方だけ上がる。
“島”と言えば石田家家中では唯一人、島左近勝猛の事。彼がどうかしたのだろうか。
「左近がどうしたというのだ」
今は年始の上、三成が主、太閤秀吉は祭や派手を好み事ある事に酒宴を開き諸将を招いた。
今も三成は居城を離れ、大阪城下の屋敷に滞在し連日の新年を祝う祭に出席している。
だが、元来酒に強い方ではなく、賓客には己と反りの合わない輩も多数いる。
根本から宴を苦手とする気性なのだ。
そこで今夜の宴には己の代役として、蠎(うわばみ)で人との会話もそつなくこなせる左近を遣わせた。
抜かりは無い筈なのに何があったというのか。
考えられるのは酔った周りの勢いに混ざり、花柳街に繰り出したとかだがそれを逐一伝えに来たりするだろうか。
「あの…大変申し上げ難い事なのでございますが…」
「中途は不快だ。構わぬ、言え」
「ははっ…実は−…」
しばしの無言の後襖がすぱと開くと、三成は足音荒く部屋を後にする。
「何をしているのだ…!左近」
押し殺した声音は怒りに溢れていた。
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