駄文

□徒花
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「これは…見事だな」


「私共も朝起きて驚きました。」


梅雨の憂さ晴らしとでも言うように陽射しがじりじりと地を焼く夏の始め。
夏至を過ぎたと言っても朝は冷風が吹き、炎天の暑さ残る夜の後の火照る体には気持ちが良い


佐和山城。石田家重臣島 左近は朝が弱い主に代わり、朝も早くに何やらどうしても献上したい品があると訪ねて来た薬種屋と対面していた。


早朝になど少しばかり礼を欠いていないかと思ったが、献上の品を見て納得する。


献上の品、それは






「奇品の牽午花(あさがお)か」


「はい。珍しいので是非殿様にも見て頂きたく献上をしに…」


左近の前に置かれた唐めいた鉢に濃い紫色で八重になった牽午花が咲いている。


左近も稀にそういった花が出来る事を知ってはいたが、本物を見るのは初めてで、しげしげと牽午花を見詰めた。

どちらかと言えば牽午花は気安い花だと左近は思っていた。
例えるなら町娘のような明るい爽やかな花。だがこの奇品の牽午花は牡丹や椿の気高さがあり、高貴な姫御の風情が滲み出ている。


−どことなく…殿に似ているかね−


珍しい髪の色に、男にしておくには勿体ない麗姿。


「良いのか?奇品など滅多に出るものではないのだろう?」


聞くと頭に霜をいただき始めた初老の薬種屋はにこにこと、人の良さそうな笑みを見せた。


「育てた私が言うのも憚られる話しですが…この花は私のような卑賎の者が持つより高貴な方のお手元にあるのが良いと思い、こうして献上しに来た次第でございます故、どうぞ遠慮なく…」



ならばと褒美の金子を渡す為手近の小姓を呼ぼうと襖へ近付いた、瞬間。


「なんだ?それは…」


襖が手を掛ける前に開いた。見上げれば珍しい赤茶けた髪がさらと揺れた。


「殿……」



檜扇を手に持ち、まるで毛虫を見るかのように牽午花を見詰める…と言うよりは睨みつけると言うのが正しいか。
それ程の眼差しを花に向けた。


「あの者が献上した、奇品の牽午花ですよ」

視線を送ると平伏して、口早に屋号と姓名を名乗る。
次に三成は薬種屋を恐怖のどん底に突き落とす一言を放った。





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