駄文

□水魚之交
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濃い霧がこれより血みどろの戦場となる地を隠すように覆う。



白く霞む中に目立つ赤の影。
珍しい髪の色は霧でほんのり重みと色を濃くしていた。



−まるで濁って淀んだ水の中の様だ−




絵から抜け出たような美しい面立ちだ。
ともすれば極上の女にも見えるが、戦場に女が居る筈が無いのだから男であると分かる。


これが西軍総大将、
石田三成





先程からぴくりとも動かず、遥か遠くを瞬きもせずに見据えている。


見据える先は東軍総大将の忌ま忌ましい首だけ。
負けるわけには行かない。
あの方の天下を渡すわけには行かない。




それが幾千、幾万の血に染められるものであっても−




渡せない。渡せるわけが無い。




−なのに−










「殿」


聞き覚えのある声。
肩に、全身に感じていた何か重いものが少しだけ軽くなった気がした。


「左近か」


「緊張しておいでか?」


茶化した言いようは自分の不安を和らげる為と三成を分かっている。
分かっているが素直になれないのも事実だ。


「ふん…そんな事あると思うか?横柄者と謳われた俺だぞ?」


振り向かない。
振り返ったら脆くて弱い所が露呈されてしまう。





左近は三成に弱さを教えた。
己がどんなに無力か。左近がいなければ立つ事も出来ない脆弱な自分。
次いで人の暖かさ、笑い合える関係、曖昧で煩わしくて切なくて愛しい気持ちを


左近は三成に無いものを与えてくれた。





後ろから腕が回される。全身に掛かる重みが更に払拭された。
甘みを帯びた、今日はやけに真摯な声が後ろからかけられる。





「殿をそう呼ぶのは皆愚かな奴ばかりですよ…」



左近は自分とは対極に位置する面立ちだ。
きっと生まれてこの方女と間違われた事など無いだろう精悍で男らしい顔付きに不釣り合いな優しい言葉を左近は紡いでくれる。


何時も何時も何時も。


左近が言えば全てが真だと思う。

それ程左近に惹かれているのだ。







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