駄文

□禍福は糾える縄の如し
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佐和山城、大手門。





そこにがっしりとした体格の偉丈夫が、その泰山のような体格には似合わない動きを見せていた。


右へ行ったと思ったら左へ、左へ行ったと思ったら右へ、
腕組みをしながら門の前をうろうろと歩き回って、顔には焦りの色が見てとれる。


「うちの殿はもう…」

佐和山城主、石田三成が佐和山城から、重臣島左近の前から姿を眩ませ早、六日。


執務に追われる愛しの主に自ら茶を運んだ時、左近は異変に気付いた。


居る筈の部屋に居る筈の人物がいない。
慌てて何時も主が執務を行う机に寄れば、机の上には真っさらな紙に見覚えのある文字書きの手本のような字で




『すぐ帰る。心配するな』



とだけ書いてあった。『心配するな』と言われても掌中之珠のような主を心配せずにはおれない。
珍しくうろたえながら心当たりのある所を捜し回り、主の友人の所へ早馬で手紙を届けさせた。





が、


左近が欲しかった報告は無く、主は忽然と姿を消した。


ならば何故左近は門の前をうろついているのか。




今日、三成は帰ってくる。
左近には分かった。
三成は姿を消す前に六日分の仕事を終わらせていた。
それは六日分の休みが出来た事になる。



故に左近は朝からこうして門の前に張り付いているのだった。



「…帰ってきたらお説教ですよ、殿」


ぽそりと独り言を漏らすと、前方から馬に乗った人影がこちらに向かって駆けてくる。



見慣れた髪の色。
門の所で腕を組み、仁王立ちをしていると馬の足が速度を落とす。




「お帰りなさい。殿」

「出迎えなど…要らぬ事を」


主から手綱を奪うと、乗せたまま馬を引いて厩へ向かう。


「…何処に行かれていたんで?」


「……何処でも良いだろう」


「…留守番をしていた左近に土産話しを聞かせて下さいよ」


少し刺を混ぜたような言い方をしてしまったが、一国の主が、それ以前に恋仲の自分に何も言わず出て行き、心配をかけたのだ。許されるだろう。


「…薩摩」


ぽくりぽくりと鳴っていた馬の音が止まる。左近は目を丸くして振り返った。
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