駄文
□東風、揺れる芥子花
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暖かな陽射しと、春特有の霧が立ち込める朝。佐和山城主、石田三成は自室の前の中庭に、黒くてうずくまっているもの見つけた。
−ものは三成の飼い猫であった−
飼い猫と言っても、いつの間にか城に居座っていたのに魚の骨やら、饅頭の端やらを投げてやる程度のものだった。
まるで自分のようだ
その猫は、なかなか良い毛艶やの立派な猫だったが、黒猫だった為不吉だ、何だと言われ城内の者にはあまり好かれてはいなかった。
外見だけで、内を知ろうとされず、何やかにやと陰口を叩かれ蔑まれる−…
三成の気持ちを知ってか、他の者には姿を見せる事が無い日でも三成が、おい、と呼べばひょいと顔出して見せた。
それが死んでいる。
最初は寝ているのかと様子を見ていたが、近づくとぴくりともせず、触れれば霜のように冷たい。
死んでいた。
視界に急に黄色が映った。
よく見れば花だ、小さい可憐な菊の花。
「…左近か」
中庭の隅、膝を付いて土を盛っていた三成の隣に座り込んだ、三成が懐刀。
島 左近
「…花と香です。」
「…あぁ」
左近は微笑(わら)っていた。
微笑っているのに、痛そうで、苦しそうだ。
長い沈黙、土を掻いてのせる音だけが 春の霧の中で響いた。
「…きっと…」
沈黙を破ったのは左近からだった。
「…。」
「きっと、挨拶でもしようと、最期の力を振り絞ってここまで来たのでしょうな。」
霧の中で左近の声は雨が地にしみるような声だ
元来、三成はなぐさめや同情といった事は嫌いだ。
しかし
今の左近の言葉はどう考えてもなぐさめだ。同じ種の人と人でさえ解り合えないのに、獣の事なぞ解るはずはない。
けれども
左近が言うなら。
あの顔で
あの声で
言うなら
−なぐさめも悪いものではない−
「……俺は」
顔を伏せたたままで、言葉を慎重に選ぶように
−横柄な態度しか知らない者が見たら目を丸くするだろう−三成は話し始めた。
「…こいつを名で呼んだ事が無い…無かった。」
表情は伺い知れないが、酷く傷付いた顔をしているに違い無い。
左近は黙していた。