駄文

□鬼灯の朱、水面の碧
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「こちらはいかが?鼈甲(べっこう)の上物よ!」
話術が命の、簪売りの娘にまくしたてられている、愛しい愛しい己が主。
「良いわねぇ、後ろの旦那さんなら何でも買ってくれそうで。」


腕組みをして後ろに控えていた精悍な顔付きの偉丈夫の片眉がぴくりと上がる。
−殿に差し上げるのならいくらでも−



昨夜の事だ。
勢いよく自室の障子の戸が開いた。
「…何か御用ですか?殿。」
そう呼ばれた眉目秀麗の男はズカズカと部屋に入り、左近の目の前でストンと正座をした。
「殿?」
「簪を買いたいのだ。だが俺は女の事はよく知らん。お前なら知っているだろう、何せ年中発情期の野蛮な助平親父だからな。だから明日俺に付き合え、否とは言わせんぞ。」 これだけの横暴で非難中傷だらけの台詞を一気に言い切ると、直ぐさま部屋から去っていった。

−−で今に至るわけだ


「…近…左近!」 「あ、はいはい。何でしょう?」
「返事は一回で良い。呆けているな。連れて来た意味が無いだろう。」
少し口を尖らせて言うと、横へ来るように促した。
何故。何故自分が好きな人の女の為に簪なぞ選ばなくてはならないのか。顔にはださないが珍しく左近は嫉妬していた。
「…これはどうです?」
椿の花のような赤い飾りが付いた簪を示せば「派手過ぎる。あの方には似合わない。」 と言われ、
南天の実を思わせる朱い珠と凝った造りの鈴が付いた簪を見せれば「頭に鈴が付いていたら五月蝿くないか?」と聞かれた。挙げ句には
「さっきから似たような物ばかり、それでよく女を手玉に取る事が出来たものだ」
とまで言われた。
「似たようなもの…」どうやら自分は知らず知らずに三成の思い人ではなく、三成自身に似合う物ばかり選んでいるようだった。
本当はこんな事聞きたくは無いが、三成が慣れぬ買い物で機嫌が悪くなってきているようだったので意を決して聞いてみた
「贈る相手はどんな女性で?」
「…」
暫く考え込んで、考えが行き着いたように答えた。
「…朝顔のような人だ…。」
夏の朝に咲く爽やかな青や赤の可愛い気な花−…。
では、と
左近が出してきたのは末摘花のような橙の飾りが付いた簪だった。出された簪を見つめ、ひとしきり考察を終えたようで
「良いな…これをもらおう。」
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