其ノ弐

□鎹(かすがい)
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石田三成は、ここ数日苛々していた。

約半年程前、天下を決する大戦が関ヶ原で起きた。史書には“関ヶ原の戦"と記される戦だ。


織田信長、豊臣秀吉の背中を見続けた戦国の老獪を相手に、楽な戦では無かったが、どうにか石田三成率いる西軍が勝利した。

戦国処理や幼君の地盤を固めたりするのに追われる日々がようやっと終わったある日、その男はやって来た。


「他に、何か用事は無いか?」

「いえいえ、朝からお付き合い頂いてすっかり助かってますよ。もう、休んで下さい」

「いや、俺に気遣いは無用だ、左近」


三成は堪らず、半ば怒声に似た声で左近と呼ばった。
気付いた左近が三成の方を向く。

「どうしました、殿」

呼ばってみたものの、特に理由は無かった為、三成はあのそのとしどろもどろとしてしまう。
三成の様子を見ていた男ははぁ、とため息を吐いた。

「…何だ、清正」

ため息を吐いた張本人をぎらりと睨みつけ、三成が問う。

清正、と呼ばれた白銀の髪の男は、しばし三成と見詰め合うと、大袈裟に肩を竦めて、また、ため息を吐いた。


「餓鬼か。馬鹿」

清正独特の低く、抑揚の少ない口調でか、兄弟のように育ったという経緯でか、三成の怒りはすぐに表に現れた。

「馬鹿とは何だ、俺に関ヶ原で負けたくせに!」

「お前に負けたんじゃない。俺は、左近に、負けたんだ」

そう、当時“豊臣の家を守りたい"という意志は三成と清正、同じであったが、方法が異なり、清正は関ヶ原の戦の際に家康率いる東軍に荷担した。

その戦で、清正は左近に阻まれた。しかし左近は清正の命まで奪うような事はなく、清正はそんな左近の武術の腕前に惚れ、心意気に恩義を感じ、戦後処理が終わったつい先日、左近の元へやって来た。

−何をしても購えるものではないが、この心に感じた恩義を返したい−

そう言って、鍛練の相手から雑用に到るまで、ここ数日左近に付いて回っていた。


「左近の主は俺だ!」

「そういう所が、餓鬼だって言うんだ、馬鹿」

「何だと!?不忠もー…!」

言いかけて、それを左近の手が制した。
ちょっとすいません、と左近は清正に断り、三成は引きずられるように清正から死角になる所へ連れていかれる。




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