其ノ弐

□きらびやか
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「もう…左近とは連れ立たん」


それは青天の霹靂と言うにはあまりに静かで短く鋭いものだった。

佐和山城の主、石田三成が世にも名高い知勇兼備の将、島左近を家老に迎えた事は、よく知られている。

女子ならば何と熱心なと心蕩かすような言葉と、ともすれば阿呆では無いかと疑われる俸禄を差し出し、三成は左近を手に入れた。


以後、左近は常々三成の傍らにいた。
時には女房が如く後ろに控え、時には堅固な門のように前に立ちはだかり、時には横で友人か兄弟である風に三成と語らう。


それは左近と三成が主従であると同時に恋仲であるのも一因であった。
だから、

今しがた三成の口から飛び出てきた言葉に、左近は思わず愛でていた百合の茎をぽっきりと折ってしまった。百合根は食べられるから、と主が植えても良いと言った山百合だ。


「何故?…と問うて答えは返ってきますかね?」

冷静に、平素の余裕面を実は懸命に貼付けながら左近は聞いた。
優れた脳はあれ、俺何かしたかな。と朝からの己の行動を思い返す。

起床も決して騒がし過ぎず優し過ぎずの絶妙な加減で起こしたし、今朝は残さず、除ける事も無く綺麗に食べたし、お茶の時間も完璧。
お八つは瓜にしようと思っていたが、もしかしたら腹の調子でも悪いのだろうか。


「何故…など理由など無い。連れ立たん。それだけだ」

なら、

どうしてそんなに酷く傷付いた顔をしているんだ。
長い前髪で玲瓏な面を隠して、唇を噛んで。そこまでしてどうして左近を遠ざけるのか。

左近には「どうして」と問う事こそが愚問だった。
何の前触れも無く三成が左近を傷付ける時、それは三成が外−三成をよく思わない者達−から何かを、或はひそやかな陰口を聞いてしまった時だけだ。

それも「左近が三成の」では無く、「三成が左近の評判を落としている」という話題を聞いた後はよく思いつめた顔で左近の心を切り裂いた。

三成は時折こういう風に左近に申し訳ながる。
左近の名前がこの細い肩には重荷になり心に食い込んでしまうのだろう。


しかし重荷である左近から下りてやる気は無かった。愛する三成が己の名に苦しみ、苛まれ、泣きわめこうとも。離れられない。それ程三成を愛していた。
まったく老害極まりない。左近は心中で呟いた。



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