其ノ弐
□七夕異譚
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「まるで俺達織り姫と彦星だね」
木陰に入れば陽射しは遮れるが、雨と言うには生温い、正に槍で射抜かんばかりに蝉の鳴き声が耳を苛む。
今年の夏は殊更暑い。
まるで彼に残された蜉蝣にも似た儚い生きる力を奪おうと張り切るように。
と思っていたのに。
彼、竹中半兵衛がへらへらとそんな軽口を叩くものだから、官兵衛は呆れた。いや、いっそ軽い怒りを覚える。
じとりと評判の悪い落ち窪んだ双眸を細めて半兵衛を睨めば、何がおかしいのかにっかりと笑い返してくる。
−賢過ぎると人は馬鹿に見えるのだな−
官兵衛はそう思いながらため息を吐いた。
「誰と」
「俺と」
「誰が」
「官兵衛殿が」
またため息を吐く。
半兵衛に出逢ってからため息が多くなった気がする。良く言えば根を詰めがちだったのが上手な諦め方を覚えたとも言える。「仕方ない」と言えるようになった。
「まぁ、俺達を隔てるのは三途の川だけど」
瞬間、夕立のように蝉の声が降ってきた。
こんなに煩いのに静けさで耳が痛い。この汗は暑さで伝うのだろうか。
分かっている。
人はいずれ死ぬ。
目の前の一見年端も行かなそうな彼の者も、身体の中は病に侵され、いつ事切れても「仕方ない」。
そう、
「仕方ない」と割り切る事も、覚悟もしていた筈なのに。
何故こんなにも動揺しているのだろう。
他の者であれば何がどう違うかなど分からない官兵衛の表情の機微を巧みに読み、半兵衛はふわふわ浮草の笑みを困ったような笑みに変えた。
本当は目を閉じて眠るのさえ怖いだろうに。彼はそんな事さえ何でも無いという風に笑っている。いつも、いつも。
「官兵衛殿、ごめん」
何の事だととぼけると、そっかと半兵衛はそのまま後頭で手を組み仰臥した。
「あー…何だか自分で言っといて駄目だね。三途の川を挟む織り姫と彦星なんて」
「頭を失って空の髑髏になった卿に興味なぞ無いしな」
「あはは、ひっど!」
酷いと言いつつ笑う。
最近は半兵衛の病状も進み、気遣う者ばかりで官兵衛の辛辣に聞こえる言葉が心地好かった。
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