その他
□遺した言の葉、伝える心
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あれは誰の母だったか。
はたまた祖母だったかもう覚えてはいないけれど。
兄の着物に縋り付きながら涙を流し、切れ切れの小さな、蚊の鳴くような本当に小さな声だったのに
「もしも私が死んで…鬼に変じるようなら迷わず…斬ってね…?」
波紋が広がるようにいつまでもいつまでもその言の葉が変に頭の中に響いて、
背筋がすぅ、と冷えるのは慎ましやかな葬儀が済んでも尚残り続けた。
−−−−−−
がちゃり、と金属が触れ合う音がする。
「夕焔、春永」
凛々しく光る瞳同様その声音に曇りは無く、
常ならばこの声に奮い立つ筈なのに−…。
「故人の喪が明けぬ内の討伐となる…が我等には故人を悼む余地は無い、喪に服している暇も無い。時間が無いのだ。これより死地だ、気を取られるな」
「心得ましてございます」
姉が柔らかながらも芯のある声音で返す。
己はそんな二人を直視出来ずにこくりと頷くだけだった。
「当主様!御出陣!!」
これは何代も続く我が家の家業。
昔々、一人の天女が人の男に恋をした。
それが全ての始まりだった。
祖先の源太、お輪夫妻が鬼の頭目朱点童子を討伐に向かったが、鬼の卑怯な罠にかかり源太は死して妻のお輪も行方知れず、夫に従い殉したとも言われている。
彼等夫妻には子が一人いた。
朱点童子は彼等を脅威と感じたのか二人の子に呪いをかけた。
短命の呪いと種絶の呪い
その呪いは今も脈々と受け継がれて額で光っている。
では何故こうして子孫がいるのか。
慈悲をかけたのか、使える狗になるとふんだのか。天におわす神がその童に手を差し延べた。
こうして今まで己を含む呪いの一族は神と交わる事で血を繋いで生きていた。
それもこれも朱点童子討伐という悲願を成就するただそれだけの為に…否、それ以外の生き方が無いのだ。
誰も口に出さないが、二年余りの短い生涯に怯えながらひたすら鬼の血を浴び続ける。
己の人生に惑い、立ち止まる事も許されない程儚い、桜の花より刹那の命を得物にのせて。
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