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□五月蠅い
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屯所の廊下。

左手の甲を、右の人差し指で掻きながら、土方が会議室の前を通りかかる。

開いた襖に人の気配を感じて覗くと、部屋の隅に立ち天井を見上げてキョロキョロとしている沖田に、何をしているのかと足をとめた。



しばらく見上げた頭を右に左にと眺めまわすと、右手をあげ宙に向け、シューっと手にしたスプレー缶をふく。



どうやら部屋の中で飛びまわるハエを追っているらしいのだが、白い霧の中にあってその小さな羽虫は相変わらず飛びまわっている。

それをのんびりと目で追いかける沖田に


「なンだ、ちっとも効いてねーな」


畳を踏んで会議室に入りながら、土方が声をかけると


「ええ、まぁ」


ブンブンと飛びまわるハエを眺めながら返事をする沖田は、効果があろうがなかろうがどうでもいい、といった様子である。


沖田が見上げるのとは別の場所からもう一匹、ブンと羽音がして土方は


「おい総悟、こっちもだ」


同じように宙を見上げて、右に左に視線を走らせる。


「…うるせぇなァ」

「ああ?」


沖田の呟きが、まるで自分について言っている様な気がした土方は、眉間にしわを寄せてジロリと睨むが


「よく言ったモンだとは思いませんかィ、五月蠅い、とは」


言いながらまた、スプレーを吹き付ける沖田に




「…確かにな」




と、一応同意した。だがやはり、ハエは落ちない。ブンブン音もうるさく飛び続けるので


「効かねえな…叩いた方が早ぇんじゃねーか」


部屋をぐるりと見回して何か使えそうなものはないかと探す土方が、左手の甲を指先で掻いているのに気付き


「土方さん、手ぇ、どしたんですか」


と、沖田が横目で見る。


「蚊に刺された」

「へえ、もう出てんですね」



そう言って、手にしたスプレーを土方に向け、おもむろにシュッっと吹く。

「あっ!テメッ!」

まともに浴びた土方が、殴りつけようと拳を振り上げ


「使用上の注意はよく読んだのォ!?人に向けんなって書いてあんだろ、バカかてめぇは!」


大股に詰め寄ると、沖田は逃げるように部屋を歩きながら


「えーと、『使用する前に缶をよく振ること』 …ありゃ」



「ソ コ じゃ ね ん だ よ」



土方がなおも沖田を追いかける。


「えーと、『皮ふから10センチの距離で噴射すること』 …あァ」


突然沖田が立ち止り、土方に向きなおると手を伸ばして再度シューッっと吹きつけた。




「…総悟、お前の持ってんの、何それ」


顔をそむけて息を止め目を閉じて、噴射された霧が散るのを待った土方の問いかけに、差しつけた缶をそのままに沖田が答える。


「虫よけスプレー」


「効くわけねぇぇだろぉがァァァ!」



どうりでハエが落ちないワケだ。



「何やってんだ、虫に虫よけスプレーかけたって、死なねえに決まってんだろ」

「いいんでさァ、これで。オスだろうとメスだろうと、虫よけ効果で子孫を残すことができなくなりゃァ、結果として数が減るって寸法でィ」

「なるほど〜…ってなるかァァァ!気が長すぎんだよっ!


「絶滅しろー」


気の抜けた声で言いながら、宙に向けて虫よけスプレーを噴射する沖田を、呆れ顔で眺める。


そんな土方にまた沖田がシュッと缶を向けた。




「絶滅しろー」




*終*

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