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□チョコ貰えないから気分がブラックとかじゃない 返事をする日がホワイトデーっていうからだ
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「なんだィそれでアンタ、その依頼あの娘に行かせたのかい」
カウンターの向こうで店の女将、お登勢は煙草の煙を吐き出しながら、呆れつつも可笑しそうに話の続きをうながす。
開店前のスナックお登勢は、開け放した戸口から差し込む冬の日差しだけで薄暗い。
「そりゃそーだろ、受け取る男が誰であれ、ヤローに手渡されるよりゃマシだろ」
バレンタインのチョコを代わりに渡してくれ、という依頼を神楽が躍起(やっき)になって引き受けたおかげで、
午前中に別の仕事を新八とこなした銀時が、遅めの昼食をとっている。
開店時間よりもかなり早めの開店準備に、スナックお登勢の従業員であるからくり家政婦、たまが
店先を掃き清めに出てきたところに
「飯が炊けてないんだけど貸してくんない?」
と、まるで醤油でも借りに来たような気軽さで、銀時が声をかけた。
そのまま、なし崩し的にあがり込み、結局、店のスツールに腰掛けて、昼飯にありついているのも、今日に限った事ではなく、よくある事だ。
「んなもん、宅急便を受け取るのとなーんの変りもねーじゃねーか」
「チョコヒトツ貰エナイ男ガ、強ガリ言ッテンジャネーヨ」
横からくちを挟むキャサリンを、銀時は箸先で示しながら
「こんな男心もわからねー従業員なんか使ってっから、この店はダメなんだよ。
別にな、チョコなんて欲しくねーんだよ、チョコなんて。
バレンタインにかこつけて、義理だとかなんだとか云いながらも手渡す向こうに見え隠れする恥じらい。
それが良いんじゃねーか。チョコじゃねーんだよ、気持ちだ、気持ち」
「気持ちか。たまには良い事言うじゃないか、あんた」
チョコ三連発する銀時に、内心笑いながらもお登勢は相槌を打つ。
ガツガツと飯をかき込む、目の前に座るくちの悪い男を眺める。
なんだかんだと言いながら、万事屋の看板をかかげる銀時が、仕事の選り好みなど、した試しがない。
もうひと押し、ふた押ししさえすれば神楽が請け負うまでもなく、乙女らの依頼にこの男は駈け回ったに違いない。
やれ宅急便だ、やれ男心だのとのたまってはいるが、その軽口の裏側にある依頼人への思い入れを感じ取ったお登勢は、
銀時の無器用さに、心が暖まる思いがした。
そこへ、たまが店の奥から盆にマグカップを乗せて、銀時に差し出す。
『銀時様、日頃の感謝を込めましたホットチョコレートです、お飲み下さオボロロロェエエ″!』
「飲めるかアァァァァッ!」
ゲホェッと、空のマグカップに体内からホットチョコレートを注ぐたまに、銀時がツッこむ。
「ソッコーお返ししちまうところだったじゃねーか!」
「日頃の感謝ねぇ…良いじゃないか、それ。どうだい、うちの店でもさァ、贔屓にしてもらってるお礼も兼ねて、
今夜飲みに来たお客にチョコレートでも配ってみようじゃないか」
「ナルホド、ソウスレバ今夜来タ客ガ来月ニ、オ返シシニ、必ズマタ来ルッテワケネ」
盛り上がるお登勢とキャサリンに、銀時は眉間にしわを寄せ
「やめとけ、やめとけ」
と、箸を持つ右手を顔の前で振って
「そんな事してみろ、来年のこの日は誰も店に寄りつかなくなるよ?」
「どーゆー意味だコノヤロー!」
吠えるお登勢に、銀時はしみじみと
「どんな事にも限度ってもんがあんだろ?君達がやろうとしているのはバレンタインじゃないよ、脅迫だよ」
「ナンダト!ヒドイ事言イヤガッテ、オ登勢サンニ、アヤマレ!」
「何さり気なく私だけのせいにしようとしてるんだよ!オメーも言われてんだよ!」
三人が言い合いをしているさなか、戸口から控え目に、新八が顔を覗かせる。
「お邪魔しまーす」
『こちらへどうぞ。新八様、お仕事お疲れ様でした』
仕事道具を階上の、万事屋銀ちゃんに片付けてきた新八は、それぞれに愛想を振りまきながら、勧められるまま銀時の隣に腰掛ける。
「あんた達もこんな日に、朝っぱらから仕事だなんて精が出るじゃないか、えぇ?」
新八に茶碗に盛った白飯を出しながら、お登勢がからかう。それを余裕たっぷりの笑みで受け取りながら
「いえいえ、こんな日とかあんな日とか僕達にはカンケーないですよね、銀さん」
「そーだよ、チョコを贈る日だかなんだか知らんけど、毎週月曜日に女子にキャーキャー言われる俺達には、そんな日カンケーないからね。
年イチじゃないから、こちとら週イチだから」
「原作ではアレですけど、実際はね。ジャンプ宛てにガンガン送られてきてるってね」
今日が何の日かなど、まったく気にしない素振りのやり取りを続けた二人だったが
「なに、お前、やっぱチョコ欲しいんじゃん、カンケーないとかないじゃん」
と、銀時が新八のあげ足を取った。
「なっ!銀さんこそ、二次創作の世界でもメールやWeb拍手で
“ポヂション・チェンヂの銀さん素敵ですね、バレンタインなのでチョコです♪(‘ω‘)ノ⌒■ポイ”
とかあるんじゃねーかとか期待してたじゃないですか!」
「してませんんんん!ちょ、やめてくんない」
言い返す新八に、言い逃れする銀時。
「ウソつけェェェ!アンタ今年も愛はいらねえ、糖分が欲しいって言ってただろがァァァ!」
「だまれやァァ!テメーこそ“チョコ”と“愛”のフィフティ・フィフティで悩んだところで、結局のところ“義理”と“お情け”しか残らなかったじゃねーか!」
「ちっげーよ!僕が使ったのはオーディエンスじゃボケェェェ!」
「同じだろーが!やっぱオメーはこのままずっと みのもんたにファイナルアンサー引っ張られ続けろ!」
そこへ、たまが店の奥から盆にマグカップを乗せて、新八に差し出す。
『新八様、日頃の感謝を込めましたホットチョコレートです、お飲み下さオボロロロェエエ″!』
「おわァァァァッ!」
ゲボェッと、空のマグカップに体内からホットチョコレートを注ぐたまに、新八が悲鳴をあげる。
結局のところ、やっぱりバレンタインのチョコレートを期待してやまない銀時と新八。
素直じゃないねぇと呆れたお登勢が、店の前に俯いて立つ人影に気がついて
「おや、お帰り」
と、声をかけた。店内の全員が入口に注目する。
明るい外に、暗い顔をした神楽が物言いたげに中の様子を見ていた。
『お帰りなさいませ、神楽様』
出迎えようと近づくたまに
「たまァァァ!何でバレンタインなんてあるアルかァァ!」
訴えかけるように、甘えるように、神楽がかじりつく。
『神楽様、どうされたのですか』
「どーもこーもないアル、なんでわざわざ女からチョコあげなきゃならないような日があるんだヨ。それもあんな、いけ好かないヤローによォォォ!
せっかく気持ち込めて贈っても、お礼はおろか、嬉しそうにもしないアル。もらいなれてる感じだったアル。
まだ銀ちゃんや新八みたいに、無駄な期待でもしているほうが何倍も可愛げがあるゾ!」
神楽の言葉に、銀時と新八はバツ悪そうに苦笑いを浮かべた。
鬱憤(うっぷん)を晴らすように、沖田にチョコを渡した時の様子をまくしたてる神楽が落ち着くまで、黙って話を聞きいていた たまは
『神楽様、人はきっかけがあった方が感謝の言葉も、気持ちも、伝えやすいというものなのでしょう』
アンドロイドらしい、抑揚のない声音で言う。
『感謝を表すことにお礼を期待するのは、おかしな事ではないのですか。
……でも、その女の方達は、贈ったチョコを食べて頂けた事が嬉しかったのでしょう?それで良いではありませんか』
たまの声に感情は込められてはいなかったが、神楽を見つめる大きな瞳に、ねぎらいの気持ちが光っているのを感じて
「…そーかな」
と、神楽は素直に納得する。
『そうですよ!ワタクシからも、神楽様へ日頃の感謝を込めましたホットチョコレートを差し上げます。お飲み下さオボロロロェエエ″!』
ゲボェッと、盆に乗せてあった最後の空のマグカップに、体内からホットチョコレートを注ぐたまに
「ありがとーたま!友チョコ、嬉しいアル!」
神楽は再び、抱きついた。
「…うれしーの?」
銀時と新八は、自分に注がれたホットチョコレートのマグカップを見詰め、さっき、たまがくちにした
―― 贈ったチョコを食べてくれた事が嬉しい
という言葉に、飲み干さざるを得ない雰囲気を感じて、苦笑いを深めた。
*終*