近藤さんとお妙さん

□近藤さんとおりょうちゃん
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「でさぁ、そのお店、次の日出すお酒がなくって大変だったらしーのよ!ゴーカイよねぇ、夜の帝王、松平片栗虎」

「…あァ…とっつァん?」

「とっつァんて…親しいの?近藤さん」

「そりゃ上司だから、一応」

「上司ったって松平の旦那、警視庁の長官でしょ?」


親しいも何も、おりょうが話題にした、とあるスナックで夜の帝王が残した武勇伝、まさにその現場に、近藤もいたのである。


「俺達を拾ってくれたのが、あのオッさんでね」

「へえ!そーだったんだぁ、すっごい!」


同職ならば松平の噂ぐらいは知っているだろう、と軽い気持ちで出した話題だったが意外にも近藤と深い繋がりがあることに、おりょうはやけに感心した様子で近藤を見つめた。
そんな大袈裟な、言葉通りに軽く流して小首をかしげ、近藤はグラスにくちをつける。

ひとくち飲んだそのグラスをテーブルに置く一瞬、視線を走らせて妙の姿を探す近藤を、おりょうは見逃さなかった。


「でもまぁ、豪快っつーかとんでもねーオッさんではあるよ…え?なに?」


向きなおり会話を続けようとした近藤は、ニヤニヤと笑うショートカットのホステスにつられて笑顔になりながらも、何事かと問いかける。


「…オトナなんだからさ、もっと強引にできないのかしらねー」

「なに?なんの話?」

「近藤さんの話」

「ええっ?」


おそらく無意識だったのだろう。
話の流れが読めずに愛想笑いの近藤を、微笑ましくもあり、じれったくもあるおりょうはワザと大きくため息をついてみせた。


「眺めてるだけで幸せなんて、いまどき寺小屋に通うガキンチョだってもっと積極的だわよ」

「…い…いや、いやいやおりょうちゃん」


言わんとする意味を理解できた近藤は、まるで言い訳をする子供のように慌てて


「ガキとか大人とか、あんま関係ないんじゃないかなァ〜」


もごもごと言い訳するように、小さくなる大の男に、おりょうは思わず噴き出す。ますます弱り顔の近藤に


「ごめんごめん、そーよね」


でもさ、とボトルを取り上げておかわりをすすめながら


「ああいう堅物が相手なんだから、もっと強気でいかなきゃ!」




さばさばとしたおりょうの物言いは、近藤にとっても気兼ねがない。
むしろ、遠まわしに探られるよりもよっぽど良いと思えるのは、近藤の気質ゆえであるだろうけれど。



ただ、今は急にこんな話題を持ちだされたことに何と返していいやら、困惑を誤魔化すように急いでグラスを空にする。

おりょうは差し出されたグラスに水割りを作りながら


「ちょっと男らしくせまられるぐらいが、グッときちゃったりすんのよ」

「でもそういうのはさァ、好きな男だったりさァカッコイイ奴だったりすればの話じゃん」

「…ま、そらそうだけど…」


“ちょっと”の部分にちからを込めて、暴走しない程度の、さり気ない後押しをしたつもりだったが
案に相違して冷静な近藤に、あらら、と心で呟く。

同僚として友人として、妙の様子を見てきたなかで、この常連客にまったく脈がないらしいとは思えなかったゆえのアドバイスのつもりだったが
かえってしょぼくれてしまった目の前の男に、かける言葉を探す。



近藤はそっと


「そうなんだろうなぁ…」


と、相槌をうち、素直に今度は想い人へと視線を投げた。
もっと早くこの意見を聞いていたなら、あるいはその気になれたかもしれない。たとえそれが勘違いだったとしても、だ。

精一杯カッコつけて、どこへも逃げられないように腕に抱えて、ありったけの口説き文句を囁きつづける


なーんて、色男ぶったこともできたかもしれない。


けれども


譲れないモノや、つらぬき通す思いや、様々な情のかたちを年齢を重ねる間に見知ってしまった。
気持ちを伝えたい、それだけで突っ走れるほど初(うぶ)でもない。
さらにお妙さんの心に誰かがいることをも知ってしまった今では、強引に迫るなんて無理。



決定的にフラれる覚悟がまだ出来てないから、憶病になっちゃうしさァ。



「やっぱ…おりょうちゃんが言うように、ガキとか大人とかも、関係あるかもしれんよ」


そう言って苦笑いした近藤に


「ちょっとぉ、元気だして!はい、飲んだ飲んだ」


おりょうは明るく笑いかけて、大きな背中をパンッ!と叩く。


「景気づけにドンペリでも入れちゃいますか、すいませーんドンペ

わぁっ!入れなくても元気でたから!水割りで十分景気回復できちゃった!ほぉらカンパーイ!」

「カンパーイ!あっはっはっは!」

「ホントここのスナック、油断も隙もねーよ」

「何言ってんの、盛り上がれば一日の疲れも吹っ飛ぶでしょ? 私さ、いっぺん夜の帝王の盛り上がりってヤツを見てみたいと思っててさー」

「ええええ!?とっつァんのォ!?」

「だって有名なのよ、そーだ近藤さん、いつか連れてきてくださいよ」

「やっ、ヤダよ、ガキだガキだってうるせーし始末悪ぃんだよ」

「連れてきてくれたら、お妙さん生写真プレゼント!これでどお?」


悪戯っぽく声を落として交渉するおりょうに合わせるように、近藤も小声で


「生写真?どんな?」


と、乗って来たのでおりょうは肩を寄せて


「バストアップ、ニッコリ笑顔、買い物途中の幼な妻イメージで」

「幼な妻だとぉぉぉぉぉ」

「実はこないだ一緒に買い物行ってさ、現像出すために余ってたフィルム使い切ろうと思って、それでバッチリ撮ってあんのよ」

「でもな〜…あのオッさん連れてくるのはちょっとなぁ〜…」

「何買ってるかっていうとさ、これが勝負パンツ」

「マジでかァァァァ!!」




べつにパンツは写ってないけどね。


妙がこちらへとやってくるのを見つけ、おりょうは立ち上がりながら声をかける。


「まぁ考えといてよ、近藤さん」



幼な妻で勝負パンツ…お色気パンツの幼な妻…



ぶつぶつと繰り返しながら、頭を抱えて悩みだした近藤は、自分と妙が入れ替わったことに、いつ気がつくだろうか。


変なコトくちばしって殴られなきゃァいいけど


心配しながらも期待を込めて、おりょうは近藤の席を遠くから見守る。





*終*

ゴリラVSエイリアン

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