近藤さんとお妙さん
□泣面
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昨夜読んだ報告書が、枕元で破けている。
眠れないだろうと思っていたのに、俺の神経はなかなか図太いらしい。
近藤は布団の上であぐらをかいて、寝ぐせのついた髪をグシャグシャと掻きまわす。
記憶を失くしていた間のことは、断片的に覚えている。まるで見ていた夢を目覚めてから思い出すように、切れ切れでつじつまが合わない。
こびり付いたような記憶喪失時の感情も、夢と同様、日常の生活が始まれば、時間とともに薄れて忘れられるのかもしれない。
腿に腕をのせて、ガックリと深くため息をつく。
いっそ、その間の出来事こそ、ぽっかりと抜け落ちてくれりゃァいいものを。
― 気になる人は
妙は確かに、そう言った。しかもかなり具体的に。
彼氏がいるのかなんぞと、なぜふたたび、問いかけてしまったんだろう。
俺の間抜けめ。
初めて出会った日に同じ質問を訊いた時の妙とは、あきらかに様子が違っていた。
そりゃそうだよな。
惚れていると告白されて追いかけまわされてりゃァ、本音で答えてくれるに決まっている。
「いだだだだ!」
まるで心臓が破れて胸に血だまりが広がる様な痛みに、寝巻の袷を握り締めた。
許嫁だと銀時を紹介された時とは、けた外れの痛みだ。
お妙さんはあんなにまでけなげに、誰かを想っているのか。
もし俺なら、きっとあなたを好きになる
だから彼も…
妙の気持ちを後押しするような言葉を、咄嗟に飲み込んだ。己の度量のなさにあきれるが、そんな余裕などなかった。
気にもしていない男から気になる男の気持ちを代弁されたところで、どうということもないかもしれんが、それすら出来なかった。
嗚呼
知ってもなお、俺の気持ちがとまらない。
いや、むしろ妙が誰かを想うと知って、その心が欲しくてたまらない。
「…だぁっ」
遣る方なく仰向けにひっくりかえってみる。頭の後ろで指を組み、天井を見上げて、ため息をひとつつく。
すまいるからの帰路、車の中は安堵の空気につつまれて、運転席でハンドルを握る沖田の軽口も、それに言い返す土方も、助手席で笑う山崎も、違いなどなかった。
記憶を失う前とも、失っていた時とも、取り戻した今とも。
ホッと気がゆるむと同時に疲れがドッと出た。
隣の土方が
「なぁ近藤さん、明日は休んでくれ」
そう言った片腕の聡い男の言葉に心底安心して、そうさせてもらうよ、と返事をすると、沖田と山崎も小さく頷いていた。
空いた身体をどうして使おう。
妙の顔が、声が、頭の中の総てを占めている。朝っぱらから女で悩むとはね。
「よっしゃ!」
会いてぇなら会いに行くまで。
近藤は勢いをつけて起き上がる。
*