近藤さんとお妙さん

□喪失
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彼女もか…




隣に腰掛けキョトンとする女性から、目をそむけ、申し訳なさにうつむく。



今日まで幾多の人に、俺はこの愕然とした表情をさせてきたか。
どれだけ記憶を探ろうとも、糸口さえつかめない歯痒さに、誰しもがいたわりを示してくれることすら苦しい。


「すいません俺、記憶がその…」

「まァ、近藤さんたら、まだ記憶喪失のままなんですか?」

「は?…ええ、まぁ…」

「あらあら、ずいぶん長引いちゃって」


まるで風邪でもこじらせたぐらいの気軽さで受け流されて、近藤は拍子抜けする。


「はい、どうぞ」


スッと差し出された水割りのグラスに手を伸ばし、愛想笑いのホステスを見つめるが、彼女は笑顔を崩さずに


「さ、グッとやってくださいな」


そう言って、ふふっと小首を傾げた。


「…イタダキマス」





彼女にとって、俺はその程度の存在であったのだろう。覚えていようがいまいが、取り立てて気にされる程でもない、顔見知り程度の相手。




変な話だが、なんだか少し、ホッとする。




「局長」と呼ばれ訳も分からないまま連れていかれた先で、まるで知らない神輿に担がれ引き回されるような数日間だった。
誰もが親しみを込めて相対してくれる。居心地が悪いわけではない。打ち解けられないこともない。
ただ自分ではない「以前の自分」に対しての周りの心遣いに、引け目を感じてきた。


だが、彼女に対してはその気負いも必要なさそうだ。

ゴクリと喉を通っていく酒が空っぽの胃に落ちて、不思議と心まで落ち着く。


「美味いなァ」


全てを忘れた喪失感から初めて解き放たれたようで、思わず微笑みかけると、彼女は慌てたように視線を外す。





ははは、本当に親しくないんだな、俺達。





記憶をなくしてから最初に「俺達」などと「自分」と「誰か」を繋ぐ関係が、親しくないことであるという現実に、可笑(おか)しさがこみ上げる。



「土方さんお巡りさんなんですかぁ!」

「きゃー!土方さんになら逮捕されたい!」




黄色い声で盛り上がる背後の席に、沈黙がいたたまれない。


「君もさァ、あっちの席に顔出してきたら?」


と、促すが


「いーえ、結構です」


仏頂面で冷たく返答する彼女に、思わず苦笑いする。黒髪をひとつに束ねて化粧っ気のない彼女は、キャバ嬢にしては愛想がない。



無愛想ゆえに、こんな役回りなのかもしれんな。



近藤はそう考えて、またひとくち、グラスを煽る。



*
つづく
*

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