近藤さんとお妙さん
□近藤さんと坂田さん
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「よお。万事屋の」
背後からかけられた声に、銀時が振り返ると、暖簾を片手でひょいと持ち上げて顔を覗かせる男と目が合った。
「陽気も良くなって、外で飲むのにゃ丁度いいよな」
通りの端、片側の堀寄りにつけられた一杯飲み屋の屋台で、惣菜をつまみに酒を飲んでいた銀時は、
突然親しげに話しかけてきたその男に、しれっとした表情に子供じみた無邪気な言い方で
「誰?」
と、返した。
「誰?ってこたァねーだろ、こんどう、近藤勲!」
苦笑いを浮かべる近藤に銀時は、くちの形だけで「ああ」と小刻みに頷きながら前へと向き直る。
「ハイハイ、だからみんな、ゴリラってね〜」
「どっこにもゴリラって入ってねーよ」
くちをとがらせた不満の表情で、長床几(ながしょうぎ)をまたいで暖簾中に入って来た近藤に、店主が「らっしゃい」とぶっきらぼうに言う。
隣に腰かける近藤を見もしないで、銀時はニヤニヤと笑いながらひとくち、酒を含んだ。
近藤は別に興味はないのだが、とりあえずの話の取っ掛りに
「あのあと、トシと何処かで飲んだのか?」
と、たずねる。
「あのあと?」
「花見のあと」
「いや、行かねえ。気付いたら自販機の前で寝てた。つーかさ、潰れた上司、放っとく?フツー」
「放っといてないさ、新八君が帰ろうと言ってたのに、お前らがふらふら、どっか歩っていっちまったんだぞ」
「そーだっけ?…覚えてねーな」
「だろうな」
公園で、偶然居合わせた真選組の面々と銀時達が花見の場所取り(と、妙とソーセージ)をめぐって対決することになり、
結果は呉越同舟、共に宴会することになったのはひと月半ほど前の事だ。
夕暮れ近付き風が冷たくなってきたのを機に、飲む酒も肴も底をつき、宴もお開き。
さあ帰ろうと支度初めに揺り起こされた土方と銀時は、酔い潰れた自分をそれぞれ棚に上げ
「酒がないから飲めないだとォ、俺ァまだまだこれからよ」
「上等だコノヤロー」
と、互いが互いを引っ張ってやっとの様子で立ち上がり、「無いなら買うまで」と千鳥足で歩いていってしまったのだった。
「旦那、なに差し上げましょう」
「じゃァ、隣と同じの、ふたつ」
無愛想な店主に、指を二本立てて酒を注文した近藤を、首元から膝まで眺め
「おうおう、仕事中に飲酒とはお気楽だね、局長さんよ」
銀時が制服姿を見咎めて、嫌味を言う。近藤は、暖簾に手をかける前にも見たはずの腕時計を、再びちらりと確認した。
「もう交代時間は過ぎてんの。そもそも今日の俺は非番だったはずなんでね」
「あっそ。存外(ぞんがい)忙しいのね」
「お前がこないだ持ち込んでくれた仕事のおかげ様でな。人手不足なんだよ」
「そーいえば、人員募集のポスターなんかあちこち貼ってありますね。俺も知り合いにいたら紹介してやるのに、まさよし」
「まさよし?」
「“まさよし求む”って書いてあんだろ」
片眉をあげて近藤は、真選組隊士の募集ポスターを思い出しながら、傍らの銀時の横顔を見つめた。
ふと、思い当って
「バカ、ありゃ“まさよし”じゃなくて“せいぎ”だ“正義” 誰?まさよしって」
おまちどお、と近藤の前に升付きのグラスがふたつ、置かれて、なみなみと日本酒がそそがれる。そのひとつを銀時の前に押しやって
「おごりだ。面倒事の礼だよ」
と、近藤がニヤリと笑う。
近藤と銀時が、こうして言葉を交わすのは今日で四度目になる。
一度目は、妙をめぐる決闘という茶番の時。
二度目は、ひと月半前の花見の席。
三度目は、つい三日前に江戸湾の港近くの道端で。
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