近藤さんとお妙さん
□怪我の話は盛り上がる
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空きっ腹に酒が滲(し)みる。
江戸の治安を護る真選組局長の職務は伊達じゃない。毎年の恒例行事、花見に合わせて近藤は、朝から食事も摂らず仕事を片付けて来た。
だが、共に苦難を乗りこえてきた戦友ともいうべき隊士達にねぎらいの意を灌(そそ)ぐ、この機会に呑まずにいられようか。
何よりも楽しい。
思いがけず、この場に妙が居てくれるのだから。
盛り上がりに追いつこうとピッチをあげる大将を気遣って、山崎が声をかける。
「局長、そんなに呑んだら傷に障りますよ」
「ヘーキ、ヘーキ!もう塞がってるって」
近藤は心配気な山崎にニンマリ笑い返し、手にしたコップをあおってみせる。隣の原田が、すかさず一升瓶を持ち上げた。
原田に満杯にされたカップをひとまず茣蓙に置き、一升瓶を受け取り返杯しつつ
「どってことねーよ。…ザキ、お前もホラ」
差し出された酒を山崎は苦笑いで受ける。近藤と山崎を交互に見て新八が
「近藤さん、怪我してんですか?」
どこに?と、そんな様子も見られないので、半信半疑で問いかける。
近藤がちょっと首を傾げて人事に、さァね?といった様子でカップにくちを付けたので、聞いてはいけなかったかな、と新八は話題を変えようとしたのだが、
大将に合わせるように、原田と山崎も酒をひとくち、飲み下し
「肩に穴開けてんの、このヒトは」
酔いにゆらりと頭を振って、原田が言い捨てた言葉に、近藤が言葉にならない声でたしなめる。しかし、原田はざっかけなく
「もォ時効ッスよ。なァ副長?」
少し離れて座を占めて銀時と、使っているヒゲ剃りの刃の枚数が七枚だの八枚だの、いやうっかりしてた俺のはホントは十枚だっただのと、
くだらない張り合いを続けていた土方は、突然呼ばれて
「あ?なンだァ?」
と、軽く振り返っただけだ。どんだけデケェヒゲ剃りだよ。
随分デキあがったその様子に、近藤と山崎が吹きだしたが、原田は二週間前の事を思い返して、くやしそうに吠える。
「こないだァガマ庇(かば)って近藤さん、ライフルで撃たれたんだ、マジむかつくぜ、あんのクソ野郎ォォォ!!」
「えええぇぇ!?ライフルで!?」
「まぁ!…間違われて?」
「間違われてってナニに?」
今日会って、開口一番に自分をゴリラと呼んだ妙に、近藤がききなおす。
「あんときの局長はそりゃァもうカッコ良かったんだぞォ。俺達が銃声に気付いた時にはもう、ガマの前に飛び出しててな!
要人を護りぬくSPだよ、SP!セキュリティー・プロポリスだよ」
「プロいらないよ、ポリスだよ」
山崎のツッコミを受けてもなお、まるで我が事のように自慢げに語る、原田の勢いは止まらない。
「岡田准一みたいだったからね!そして革命編へ!みたいな!岡田准一にムサさを足してよ、ゴリラも足してよォ、V6をひいたみたいな感じ!」
「ホメすぎだろ〜原田ァ〜」
「いや局長、ムサいゴリラしか残ってません」
「近藤さん、アンタのその気概(きがい)!岡田だろーと、堤だろーと俺ァずっとついてくぜ!…あ、でも言っとくけど渡瀬恒彦のほうはちょっと」
「おみやさんに謝れコラァ!」
そんな三人のやり取りに、新八と妙は声を立てて笑う。
「それにしても大怪我じゃないスか。え、ドコ?」
見た目にそれとは感じさせない近藤に、興味を持った新八が四つん這いで寄ると、応えて近藤も間を詰める。
挟まれた原田が、気を使って少し後ろに座りなおしたので、新八と近藤が向い合う。
近藤はゆっくりと左手をあげて、着物のあわせに手をかけるとシュッっと衣擦れの音をさせ首元をくつろげた。
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