近藤さんとお妙さん

□近藤さんと新八くん
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「あれ、はまっちゃった」


松葉杖の先が、グレーチングの隙間に刺さって、なかなか抜くことが出来ない。

ギプスされた左足の踵を軽くついて、身体をよじって外そうとしても、思う様にちからが入らず、新八は独り言を呟く。


バカ皇子の車にはねられて、数日間は大江戸病院に入院を余儀なくされた。
それからしばらく経った今は、週に一度の通院、今日は痛み止めの薬を受け取りに、病院まで行ってきた帰り道だ。


前から来た自転車を避けて、歩道の端に寄ったのだが、身体の自由がきかず避けることばかりに気をとられて、うっかりはまり込んでしまった。


「ああっとと…」


バランスを崩した新八の懐から、薬の袋やら病院の予約表やらが落ちる。



体重をかけている右足がツライ。



足元ばかり見える視界に、ふいに誰かの手が出てきて、袋からはみ出した薬をまとめてくれた。


新八は手の主にお礼を述べようと、顔をあげた。


「ありがとうござ、い゛

「これで全部かな」


目の前でしゃがみ込んで、拾い集めてくれている男の形良い額。男が新八へと視線を合わせ、愛想良く眉を上げて軽く微笑む。



姉上に求婚してきた男だ!



昼過ぎから日暮れまでの長い時間、橋の上から注目していた男の顔を、間違える訳がない。


「どーしたの?…あァそーか、どれ、つかまって」


動けずにいる新八から、松葉杖のはまり込んだグレーチングに目をやると、気軽に片腕を差し出して新八を支え


「ホイ」


と、掛け声も軽く松葉杖を引き抜いた。ハイ、と杖や薬を渡されて

「じゃ、気を付けて!」


あっと言う間に立ち去る後ろ姿を眺め


警察の人だったんだ


真選組の隊服に気がつく。





礼も満足に言えなかったな




杖を脇に抱えなおして、新八は慎重に歩き出した。










家の庭をまわって、縁側に腰をおろして一息つく。

病院の日は時間が読めないので、万事屋は休みを貰っている。
とはいえ、行ったところで大した仕事は無いし、別にキチンと給料が出ている訳でもないけれど、銀時の

「病院に送り迎えしてやる暇なんかないかんね」

などという、くちの悪い気使いに甘えて、万事屋へ通う労力を省いているのだ。


姉上はまだ、寝てるのかな


ぼんやりと干してある洗濯物を眺めていると、塀の上にゴソゴソと、人の頭がうごめく。
ひょっこりと先程道端で出会った男の顔が覗いて、新八と目を合わすと、おっ、といった感じで気安く片手を上げて、塀の向こうに消えた。

と、思うとすぐにまた現れ、今度は塀を乗り越えて庭に降りて来た。




「どっかで見た事あるなと思ってたら、そーかそーか」


にこやかに近付いてくる男に


なんだ、気がついてなかったのかよ


と、新八は顔をしかめる。




「あー、さっきはありがとーございました」


憮然と礼を述べる新八に男は、なんの、と軽く流し、辺りを見回して、訊いた。


「お妙さんは?」

「姉上は、寝てますけど」

「姉上?ってことは、弟さん?」

「そーです」

「おお、君が弟さんかァ」


君が?

知られていることへの不快感で、新八はますます無愛想になる。ジロリ、と男を睨(ね)めつけて

「さすが警察の人は、調べが早いですね」

と、嫌味を言う。


「家がドコにあるかもそーやって調べたんですか」

「いんや、そりゃァお妙さんが美人だから」

「は?」


意外な返事に、新八が聞きなおす。


「お妙さんの家がこっちの方らしかったから、この先にある植木屋のご隠居に聞いたんだ。
ここいらで、武家の娘さんで、ポニーテールの美人さん知りませんかーって。すぐ判ったみたいだよ、お妙ちゃんだろとかってさァ。
やっぱ、誰が見ても、お妙さんは美しいんだよなァ」


…なんだ、そうだったんだ。


鼻ストレートをキメられた翌日、すぐに現れたこの男、てっきり職権を利用して家を突き止めてやってきたと思っていたのに。


腕組みをしつつ、うんうん、と頷いている男を見ながら、新八の胸のつかえが、少し取れた。


「僕の事も、そこで聞いたんですか?」

「そ。弟さんと仲が良いってね。あと、“恒道館の鬼小町”とかって言ってたな。やっぱ美人は、小町って呼ばれるモンだよね!」

「はは…」


小町よりも、鬼と冠されている方がどうかと思って、新八は苦笑いする。そんな新八に笑顔を向けて


「お妙さん寝てるんだ、残念だなァ」

「ええ、仕事に備えてゆっくりしてるんでしょう」


何気なく言った男の言葉に、素で答えると


「そっか、よし!愛しのお妙さんにお酌してもらう為に残りの仕事を片付けるとすっか!じゃ、弟君、お大事に!」




そう言って、意気揚々と塀をよじ登って帰って行く男の後ろ姿に


余計な事言っちゃったな


新八は苦笑いを深める。
庭先が静かになった頃合いを見計らったように、背後の居間の奥から



「新ちゃん?誰か来てるの?」



と、襖を開いて、妙が顔を出した。





*終*

やきすぎたたまごやきの理由

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