近藤さんとお妙さん

□勘違いじゃなくなる恋もある
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さっきまでの饒舌(じょうぜつ)はどこへやら、だ。


自分の事なら語れるのに、妙については何から聞けばいいのか、何を聞きたいのかもわからない。



ふと近藤は、席に案内された時、刀を受け取る妙の仕草を思い出し、酒を飲む手をとめる。



着物の袖に手のひらを隠した左の袂(たもと)を、右手ですくい、両手が刀に触れぬように受け取って包んでいた。
狭い店内であるから横ではなく立てかけてあるが、
預かった刀をくるりとまわし腰を屈めて柄(つか)を下に、そっと置いた立ち居振る舞いには淀みがなかった。


流れるような自然な動作に、つい違和感も感じないまま済ませていたが、彼女はもしかすると、武家の娘なのではないだろうか。



廃刀令が布かれて、士族が衰退する今の江戸では、武家の娘が働きに出ている事も、特に不思議はない。

むしろそうせざるを得ない苦労も、近藤は身をもって知っている。

生計を立てる手段に、どんな仕事を選ぼうがそれもどうでもいいことだ。



だが、そこに事情があったとしたら。




「どうかされました?」




黙りこむ近藤を気遣って、妙が声をかける。


「いやァ…」


突然込み入った話をして、隣で花のように微笑む彼女から笑顔が消えたら。



妙の事を知りたいと思う衝動と、心安らぐ雰囲気を壊したくないと願う気持ちの狭間で、葛藤(かっとう)する。




近藤が想いを巡らせているテーブルに、ボーイが近付き、声をかけた。


「お時間どうされますか」


そんなに時間が経っていた事に驚く。席料は確か、一時間だったはずだが。



もちろん、もっと、こうしていたい。

でも話す言葉が見つけられなく間が持たない。




また次があるか…そう諦めて、渋々と財布を取り出そうと袂を探る近藤に



「不慣れですので、退屈されたでしょう」



そう言って立ち上がり、妙が刀を取り上げ差し出す。




そうじゃないんだ


そうじゃなくて



狼狽した近藤から、咄嗟にくちを次いで出た言葉は





「結婚してくれ!」



*
つづく
*
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