近藤さんとお妙さん
□おとこが店にやってきた
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「妙です」
視線の端、テーブルにすっと名刺が出された。
綺麗な指が添えられた名刺には、あまり飾り気なくただ、妙、とだけ書かれている。
「なんてお呼びすればいいでしょう」
キャバ嬢らしくない他人行儀な聞き方に、この子新人さんなのかなと、ちらりと彼女を見る。
黒髪を高く束ねて、にこやかに微笑む彼女は、やはり擦れた印象などない。
「近藤です」
「近藤さん。…ご指名なさらなかったようですけど、よろしいんですか?」
「ここ、俺、初めて来たから」
「あらそーなんですか、今日はごゆっくりしてくださいね」
ボーイの持ってきたボトルリストから、簡単に飲み物を選び、近藤はまた、ため息をつく。
運ばれてきたグラスに氷を入れて、水割りをつくり
「どうぞ」
と、差し出すまで、妙は一言も喋らなかった。
それがかえって、近藤には心地よい。
目の前に置かれたグラスに手を伸ばし、ぐっと一口あおって
「俺ァさぁ、自分が腑甲斐ないんだよ」
妙は黙って聞いている。
「どうしてこう…もっと、役に立つ事ができないのかねぇ、俺は」
「…何かあったんですか?」
やっぱり仕事でヘマしたのかしら。そっと妙が訊く。
「まぁねぇ…上司に迷惑かけてばっかなんだよね」
深いため息をついて、水割りにくちをつける。
つい先月、天人の商船が海に墜落する事件があった。
町方奉行所の最新パトカーが強奪されて、商船に突っ込んだその件に、攘夷派テロとの関係が有るか無いかについては、
近藤が局長を務める真選組も、忙しく確認作業に追われた。
自分の隣に座る妙が、その船に乗っていたなど、近藤は知る由もない。
忙しいさなかに、天人大使館の連続爆破テロ。
業務に追われながら、抑止に奔走するも後手後手に回り、警察上層部からのキツイお咎めに近藤の肩身は狭い。
自分の隣に座る妙の弟が、その件に関わっていたなど、やっぱり近藤は知る由もない。
「よく行く店はさ、とっつァんが連れてってくれるから、こんな愚痴も言えないし。…聞いてくれるか、お妙さん」
「いいですよ」
自分が近藤の悩みの一端とは、露ほども知らない妙が頷く。
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