友達ん家に泊まると大抵寝ない
□其の二
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小さな二つの緑の光がチラリと動いて、草叢へ消えた。イタチだろう。
見慣れた寺小屋の庭が、夜はやけに広く感じる。
雨戸からソッと庭の様子を確かめた銀時は、身体の向きを変えて
「こんな暗くちゃ足元も見えないし、また明日…」
そう言って部屋へ這い戻ろうとする銀時の帯を、高杉と桂が両側からむんずと掴んで、縁側に引き戻す。
「いいかげんにしろ、何度目だ」
松陽に声が届かないように、桂がささやく。
高杉が反対端、松陽の部屋の様子を探る。行燈の灯が消えて暫くたつ障子の向こうは、ひっそりとしている。
月はもう、夜空高くに昇っていた。
「転んだらあぶないよ、イタイよ、明日にしよ」
「うるさい、静かにせんか」
寺小屋の庭から続く裏山の道なき道を、なるべく静かに歩きながらも諦め悪くあがく銀時に、桂が一喝した。
先頭に立って進む高杉が
「お前、怖いんだろ」
と、振り返りもせず冷やかに言う。
ズバリ言い当てられた銀時は、それでも不敵な笑みに唇をゆがめて
「怖い?何言ってんの?お前らのこと心配してやってんじゃねーか。
あァいいよ、もーいいわ、せっかく心配してやってんのにそういう態度ならオレもう帰るわ」
「逃がすか」
踵を返した銀時の襟首を、がしっと桂が握る。
「何の為に泊まって夜を待ったと思っているんだ」
暗がりに慣れてくると、木々の枝から差し込む月光でも充分明るい。
昼間、寺小屋を訪れた異形の客が帰るのを門に隠れて見送った時、
そういえば夜は裏山から飛んで来たような気がすると話す銀時の言葉は、今一つ信用できなかったが、確かに裏山の方へ消えた様子と、
越してきてどこぞに住みはじめたのであれば、きっと噂になるに違いない風体のはずが、そんな話題もまったくないので、
手掛かりをつかむため、三人は夜の山にやってきたのだ。
桂に引き止められて、渋々振りかえった銀時は、目の前の枝に音もなく、ふわりと煙のように降り立つモノを見つけた。
「ぎにゃ――――ッ」
その叫びに、桂、高杉もビクッと肩をすくめる。
「ふ…ふくろうだ、ふくろう」
緊張に顔をひきつらせた桂が、枝を見上げて、自分に言い聞かせるように呟く。
「ほらぁ、君たちだって怖いんじゃん、もういいって、帰ろうって」
「おめーがでかい声出したから驚いただけだ!」
「無理すんなって」
「ちげーよバカヤロー!」
寺小屋の方を指差してソワソワする銀時に、ぎにゃーってなんだよ、と責める高杉の鼓動も、どきどきとしている。
「意地張るなよオメーはよ!」
「意気地がなさすぎなんだバーカ!」
言い争いを始めた銀時と高杉を制するように、桂は両手をあげる。
「ちょっ二人共、ケンカはよせ」
ぴたりとくちをつぐんで、二人が自分に注目したが、その視線が背後に注がれている様子に
「ん?」
と、桂は眉をあげた。
桂の後ろに、件(くだん)の人物が寄り添う。
「にえぇぇぇぇッ!!」
踏みつぶされた猫のような叫びをあげた銀時が、桂と高杉に手を伸ばし、手当たり次第にガッ、と掴んで走り出す。
しっかりと高杉の左手首を握る銀時の小さな手。
銀時に引きずられるように山道を駆け下りながら、高杉が気づく。
「あっ待て、ちょっと桂が!うわっ!」
木の根につまづいた高杉の身体が、前のめりになり、勢いそのまま、銀時の後頭部にゴチーンとぶつかる。
二人は絡まるように、落ち葉を撒き散らしながらゴロンゴロンと転げ、寺小屋の庭に飛び出して、やっと、とまった。
「なんとか無事に帰ってこれたな」
「どこがだ」
落ち葉まみれで地面に這いつくばりながらも強がりを言う銀時に、高杉がツッコミを入れる。
素早く起き上がった高杉が、辺りに視線を走らせて
「そんなことより、桂がいないぞ」
転ぶ前に言いかけていた言葉を告げると
「なにいってんの、アイツならちゃんと」
のそのそ起き上がった銀時が、左手を持ち上げる。
「ここに」
高杉に示した左手には、ちょうど肩ぐらいの長さに揃えられた、カツラが握られていた。
「アレ?アレェェェェ!?」
自分自身が握りしめていたモノの意外さに、銀時が素っ頓狂な声をあげた。
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