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□細く長くより太く長く
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「あの…幾松殿」

「何?」

「確か幾松殿の店は中華ではなかったか」

「そうだけど?」

「なぜ、これほど年越し蕎麦の注文で忙しいのだろう」

「さぁ?やってるからじゃない?年越し蕎麦」

「なるほどな。…いや、そーゆーことじゃなくて、何故ラーメン屋が年越し蕎麦を販売しているか、という」

「いいじゃないの別に。それよりも手ェ動かしちゃくれないかィ、バイト代、出ないよ」

「む…」



新宿かぶき町にあるラーメン屋、北斗心軒。


十二月三十一日、大晦日の今日、店主の幾松に雇われて、桂小太郎がバイトに来ている。桂と行動を共にしているエリザベスも、もちろん一緒だ。

幾松が手際良く打った出来上がったばかりの蕎麦を、桂が一人前づつ分けて注文書どおりに袋にまとめる。
そうして整えられた手打ち蕎麦を、遠い住所から順にエリザベスが配達に向かう。



額に汗を浮かべて、こね鉢の蕎麦粉をまとめながら


「それにしても助かるよ。こんなに注文が入るなんて思ってなかったからバイトを頼んでなくってさ。
急に手伝ってくれなんて、無理言って悪かったわね」


幾松が、桂に微笑みかける。


一昨日の昼にぶらりと、店に蕎麦をたぐりに現れた桂に手を合わせて、三十一日の拘束をお願いした。

約束の時間ピッタリに、朝の暖簾も上がっていない北斗心軒にやってきた桂の姿を見て、幾松は素直に喜びを表現しながら、
用意していた袂を絡げるたすきと前掛けを渡した。

それを受け取り、見た目はすっかりやる気マンマンな桂は


「いや、いいんだ」


と、静かな声で言う。


「大晦日に倍働かねば、穏やかな新年は迎えられないというしな。たとえ嫌な仕事でも、明日から新しい年が始まると思えば耐えられる、気にするな」


「気にするわそんなん言われたら」


幾松は微笑みを苦笑いに変える。

桂は作業しながら顔も上げず


「正月となれば贅沢せずとも金は必要。生きていくにも大義のためにも、色々めんどうなことを乗り越えねばならんだろう」

「なんだとコラ世智辛くて悪かったな」

「だから気にするなと言っている」


黙々とそばを詰めるバイトの姿に、店主は肩をすくめた。




夕方、日が暮れ始めた頃。

ひと抱えもある蕎麦を担いで、エリザベスが最後の配達へ出かけて行く。


「おかげさま、本当に助かったわ。お礼に年越し蕎麦食べてってよ。これはバイト代とは、別」


夜が来る前に注文のすべてをさばききり、調理場の片付けもすっかり終わった。

カウンターに腰かけて一息つく桂の前に、ふわりと良い香りをさせた、茹でたての温かい蕎麦が置かれる。

箸立から割り箸をとりあげ、ひとくちめを味わった桂が


「うん、ウマイ」


と、誉めるが、表情は真面目くさっている。

中華どんぶりによそわれた蕎麦を汁に泳がせ、ふたくちめを持ち上げた桂は、ちょっと首をかしげて不思議そうな声をあげた。


「ん?これは…?」


その手にはうどんほどもある太い麺が一本、箸に挟まれている。

それを見ると幾松は笑いながら


「知ってる?年越し蕎麦は、細く長く達者で暮らせますようにって願掛けなのよ。でも、細いよりは、太くて長いほうがいいじゃない?」


願掛けにかけて、一本だけ入れられた縁起かつぎの極太麺のようだ。

そんな幾松の心配りに、桂も、ふっと顔をほころばせ


「そうかもな。だが人妻トークには、ちと時間が早いんじゃないかな」

「蕎麦の話だよ」


と、幾松がツッコミをいれた。

まったくこの桂という男は、どこまで本気か冗談かわからない。
あービックリした、と言いながら蕎麦を頬張る桂を横目に、ビックリしたのはこっちだよ、と幾松は思う。


「どーする?一杯飲む?」

「いや、エリザベスが戻ってからいただこう」

「それなら先にこれでもつまんででよ」

「ほう、おせち料理か」


重箱の色鮮やかな料理の数々に、桂が感心する。


「今日は蕎麦にかかりっきりになるからさ、昨日のうちに作っといたのよ。店を閉めてからね」

「それは大変だったな」

「まぁね。半分寝ながら作ったようなモンだから、味は保証できないけど」


そう話す幾松の顔には、確かに疲れがみえる。


「どれ」


重箱の伊達巻に箸をのばした桂に

「どう?」

言葉とは裏腹に、自信たっぷりな幾松が感想を求めた。

桂は黄金色の伊達巻を頬張ると、相変わらずの真面目くさった顔で


「うむ、あまり食べたことがないものだからな」


そう言いながら、もぐもぐと味わう桂を眺めて、思いだす。

店に転がり込んできて数日匿ってやったのが縁で、この桂小太郎という大物攘夷志士と知り合いになった。

短い間だったが、共に生活していた時の桂は誠実で、
真剣で、まっすぐに生きている人物のように感じられたからこそ、攘夷志士を憎んできた幾松も
別れ際に礼を述べたのだ、こんな大物の男にはもう二度と会うことはないだろうと。

ところがどうだ。

なんだかもうすでに常連さんなんですけど。



「大義大義って質素倹約なのはわかるけどさ、たまには栄養のあるものも食べなきゃダメよ」


素っ気ない幾松の言葉だったが、それに含まれる本気で心配してくれている様子を感じた桂はため息まじりに


「そんな事はわかっている。身体が資本だからな。ならば幾松殿、飯をくれないか」


そう言われて


「珍しい食べ方すんのね、ちょっと待ってて」


幾松がしゃもじを手にして奥へと向かう。

運ばれてきた白飯を左手に、桂はまた、伊達巻に箸を伸ばす。伊達巻をかじって、ごはんを頬張り、もぐもぐと味わう。
蕎麦の汁をすすって、また伊達巻にかぶりついた桂に


「よく食べるわね」


笑いながら幾松も、伊達巻をくちに運んだ。


「ガッペッペッ!ナニコレしょっぱい!てか辛っ!」


甘いはずの伊達巻とはかけはなれた味付けに、咄嗟に吐き出す。
味付けっていうか、もうほとんど塩そのものの味だ。


「なによアンタ、こんなモン黙って食べてたの?…よくまあ」


涙眼の幾松に、桂は表情も変えない。


「前衛的な味だな、とは思ったのだが、ラーメン屋で蕎麦をだすような店だから、こんなんなのかなーって」


「違うわ!味付け間違ったんだよ!こんなん出す店つぶれるわ!」


「そうか?塩辛いがこれで三杯は飯がイケるぞ?」


言いながらまた箸を伸ばそうとする桂から、重箱を取り上げて


「ああもういいって、身体壊すわこんなモン食べたら!」


幾松は流しに捨てようとしたが


「まぁ待て。せっかく作ったんだ、このまま飾っておけば良いではないか。なにも料理は食って味わうだけではない、眼でも楽しむものだろう」


幾松の手を掴んで、桂が止めた。


「これだけ塩が効いていれば、松の内は十分日持ちするぞ」

「そりゃそうだろうけど…」

「日持ちさせるための、さらし首だってこんなにしょっぱくないだろうしな」

「ひと言よけーなんだよ」


ジロリと睨む幾松に、にやり、と桂が笑う。












年が明けて、一月二日。


北斗心軒の引き戸を開けて、客がやってきた気配に


「いらっしゃい」

幾松が声をかけた。


「アラ銀さん」


暖簾をくぐって入ってきた銀時を、笑顔で出迎える。


「去年もお世話になったわね、今年もごひいきに」

「オオ、よろしく頼むわ」


銀時は軽く手を挙げて挨拶をすると、カウンターに腰かける。


「雑煮も食い飽きたしよー、カレーもいいけどラーメンもね、ってな」


さーて何食うかな、と呟きながら壁のメニューを見て、注文を決めたらしい銀時が幾松に眼を移して


「アリ?おせちなんてあるの?」


と、厨房との境で一段高くなっている台に乗せられた重箱に気がついた。



その声に振りかえった幾松は、いたずらっぽく微笑む。




「食べてみる?優しさの味がするのよ」




*終*

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