私利私欲私情を脱いで制服を着ろ

□其の五
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近藤は、羽織の裾を軽く払うと、腰の刀に手をかけた。


百八十四センチの身長は、居合の達人が抜くような長刀を落とし差しにしても鐺(こじり)が地につかないどころか、
一般的な侍のようなバランスになるほどの大柄なので、無造作に鞘ごと、いとも簡単にするりと引き抜く。

漆塗りの鞘は、いくつもの傷が目立つが、綺麗に磨かれている。

その刀を塀に立て掛け、柄頭の据わりの良い場所を探し、鐔(つば)に足をかけて、ひょい、と伸びあがって、瓦に手をかけた。



「おりゃぁぁァ!」



その鮮やかな一部始終を門から見ていた新八は、気合いを込めて、近藤の足もとの刀にスライディングを決める。

足場を失った近藤は、がんッと瓦に顔面をぶつけ、ぼとりと仰向けに落ちた。



「首尾よく人ンチ覗いてんじゃねェよォォォ!」



倒れた近藤の脇に仁王立ちして見下ろしながら、新八が吠える。

近藤は不敵な笑みを浮かべて、起き上がると


「サッカーならば、すばらしいパスカット。完璧な守りだな」

「うるせーよ」

「野球ならば、思いきったスライディング。攻めこそ守りという訳か」

「黙れ敵チーム」


まったく悪びれた様子のない近藤に、腰に手を当て、眉間にしわをよせて、新八がツッコミをいれる。


「姉上は今、留守です。買い物に行ってます」

強い調子で、新八は言葉を続けた。

「ちゃんと、門から入ってきてくださいよ。今日は姉上から、呼んでもない人が来たらお茶を出しておくように、と言われていますから」


つっけんどんながらも、歓迎されている雰囲気を感じて、立ち上がりながら新八の表情を覗き見ると、
近藤と向かい合わせになるのを待っていたように、勢いよく、新八が、頭を下げた。


「先日は、姉上が危ないところを助けていただき、有難うございましたっ」


心のこもった一礼に、近藤はただ、新八のつむじを見つめて微笑んだ。





「お妙さん遅いねー。どこまで買い物行ったのかね、義弟よ」

「……」


居間のコタツで差し向かいに座りながら、近藤が話しかける。


「こうしているのも、とっても自然で、まるで家族みたいだよね、義弟よ」

「……」


雑誌を読みながら、おとうと、と呼ばれる新八は無反応だ。


「…あ〜」


諦めた近藤が、呼びなおす。


「新八くん」

「ハイ」

「お茶、おかわり…」

「あんま調子のんなよ、ストーカー」


いつもと変わらぬ新八の態度に、近藤はにやにやと笑う。


「そういえばアンタ、どさくさまぎれに、姉上に変なことしてないでしょーね」

「バカ言え、そんな士道に背くようなことはせん!」

「ただいま」


いつからそこに立っていたのか、廊下側のふすまが開いて、左腕にネギが飛び出したスーパーの袋を提げ、にっこりとほほ笑む妙が
コタツの二人を見おろす。


「近藤さん、先日はお世話になりました」


買い物袋をかたわらに置き楚々(そそ)と正座をして、明るい声でそう礼を述べる妙に

「お妙さ―――ん」

と、近藤は破顔した。



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