私利私欲私情を脱いで制服を着ろ

□其の四
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「おう、俺だ。町方(まちかた)に伝えてくれ。無線で流してた、かぶき町の駕籠屋各社に電話かけつづけてた犯人な、確保したから。
引きとりに来るように、と。……間違いねーと思う。…あァ、それと、警らの奴らもよこしてくれ。…住所?えーと……どこだ、ここ」


走り続けた熱さにたまらず、近藤は隊服を脱いだ。

鎮圧のさいに返り血を浴びたために、車で向かう途中に取り替えたスカーフも取り去り、腕にかけて、シャツのボタンも外す。



ぼんやりと眼を開いた楓が、妙を見て、ハッと周りを見渡して、気づく。


「…近藤さん?」

「そうよ」


意識を取り戻した楓を助け起こしながら、妙がほほえんだ。




「局長ォォォ!」


パトカーから飛び出して走り寄る隊士に、早かったな、と近藤が声をかける。


「あんた、何やってんの」

「屯所で休んでんじゃなかったんかい」


町方が管理する警察機関の辻番(つじばん)よりも早く駆けつけた隊士達は、楓の家あたりを巡回していたのだろうか。
呆れつつも親しみを込めて、上司を心配する彼らに、近藤は屈託なく笑いかけている。



そんな近藤を見ながら


「そっかー。お妙がいたから、助けに来てくれたのね」


と、楓がつぶやいた。


その言葉に、妙は、意識のなかった楓が見ていない、汗を滴らせ咳きこむ近藤の姿を思い出して、思わず

「…いいえ、」

と、反論した。



「アイツはそれが私じゃなくったって、あなたでも…例え知らない誰かだとしたって、助けるために全力で走ってくる…そんなヤツなのよ。だから」



…だから、何て言ったらよいのか、言葉がうまく見つけられずに、妙は結局、憎まれ口をたたいた。


「だから、モテないのよ」

「フフッ、そうね」


妙の持ちあげているんだか、けなしているんだか、複雑な言葉にも、楓は同意し、楽しそうだ。


遅れてやってきた同心や岡っ引きに囲まれて、指示を仰がれている近藤の背中を目で追いかけている妙のくちもとにも、笑みが浮かんでいる。

すると、妙の帯に挟んだ携帯電話が鳴った。


「もしも…」

『お妙―――?ずっとつながらないから、心配したんだよ、も―!どうしたのよ?』


電話に出ると、間髪をいれずにおりょうの大声が、耳に響く。


『まぁ、無事ならいいのよ、無事なら。今どこよ?』


さっぱりした性格のおりょうらしい心配の仕方に、妙は苦笑いしながら、楓を送り届ける途中の道であることだけを告げる。


『え?まだその辺?それならねー、ついさっき、近藤さん来たのよー』


おりょうのくちから思いがけない名前を聞いて、妙の胸が鳴った。


『あんたが早帰りしたって言ったら、いなくなっちゃったけどさー、たぶんまだ、近くにいるんじゃない?』

「うん」

『営業かけてみなさいよー、最近あんた、のんびりしてるんだから。いい?』

「うん」


心配してくれているおりょうに、ここに近藤がいることを言いそびれて、妙は生返事して電話をきる。


「局長殿、犯人のものとヤツのアクセス番号が一致しました。
パソコンに入れたソフトを使って、新宿付近の駕籠屋すべてに電話し続けて、回線をパンクさせていたようです。今から連行します」

「ごくろーさん」


同心が調書をとっている間、真選組の隊士らと打ち合わせらしき話しをしていた近藤が、その呼びかけに妙のもとへ歩み寄り、まだ電話中だと思ったのか


「あの」


と、控え目に声をかけた。


「お二人とも、うちのもんにお送りさせてください。では」


短く伝えられて、妙はなんとなく、話しかけるきっかけを掴めないままになってしまった。



「局長殿、こちらへ」

「ん」


岡っ引きが、かいがいしく開けた町方のパトカーに、大柄の身体を押しこむようにして乗り込んで行ってしまった近藤を見送りながら、


最近一人での帰り道に、現れるようになった理由は、これだったのかしら


と妙は気がついた。


「姐さん、どうぞ乗ってください」


あまり見覚えのない隊士に、姐さんと言われて心中複雑だったが、町方のお巡りさんより近藤の部下のほうが気安さがある。
何より送ってもらえることは、ありがたい。

お願いします、と妙は素直に頭を下げた。


酷い目にあったばかりということもあるだろうが、近藤の行ってしまった路地が急に静けさを取り戻したようで、
不思議な心細さを感じたからだった。



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其の五
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