私利私欲私情を脱いで制服を着ろ
□其の三
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「気をつけてね」
「ありがとうおりょうちゃん、また来るきー」
おやすみなさい、と笑顔で坂本を見送り、すまいるの店外に出てきたおりょうは、あまりの寒さに首をすくめた。
坂本が見えなくなるまで見送っていたおりょうは、駆け寄ってくる革靴の音に気がついて、顔を向け、近づいてきた常連客に
「あら、こんばんは」
と、微笑む。
「えーっ?」
ひっそりと暗い夜道を楓と並んで歩きながら、妙は思わず、声をあげた。
「あんなのに相談したの?空き巣に合鍵作ってもらうようなもんじゃない!」
「アハハハッ、やだ、お妙ったら」
あからさまに嫌な顔をしてみせる妙に、楓は楽しげに声を立てて笑う。
「だってストーカーに、ストーカーの相談って」
「親身に相談に乗ってくれたわよー」
呆れ顔の妙に、楓は相談相手の真似をしながら
「俺のちからじゃ何も出来ませんが、なんて言っていたけど、真選組の巡回コースに、私ん家の方、組み入れてくれたみたいなのよ」
と、感謝を込めて、その名前をくちにした。
「近藤さん」
「近藤さん」
おりょうは少し、からかいを含んで常連客の名前を呼ぶと
「あらら、そんなに急いで走ってくるなんて。制服姿なんて、珍しいですね」
と、駆け寄って来た近藤に続けた。
「残念〜、お妙なら、ちょっと前に早仕舞して、駕籠がつかまらないって子、遠回りで送りながら帰るって、出ちゃったんですよ」
近藤がこのところ、来店していないことに、おりょうは気が付いていた。
江戸の治安を守る真選組の局長であれば、あらゆる理由で、自由の時間など吹き飛んでしまうのかもしれない。
会いに来たくても融通が利かないのでは、と。
お妙に首ったけな近藤である、営業時間に間に合うように、出来た時間の合間を縫って必死に駆けてきたんじゃなかろうか。
そう思ってみたものの、洒落の通じる近藤に、ちょっと意地悪くしてみたのは応援の裏返しだ。
「前に近藤さんのテーブルに、ヘルプで入った子、覚えてます?あの子」
楓ちゃんっていうんだけどなー、と言いながら、すまいるのドアに手をかけて思い立ったように、おりょうは振りかえり
「あ、そうそう、折角いらしたんだから、一杯寄っていかれます?」
そこには、もう、近藤はいなかった。
大柄で目立つその姿を、大通りのどこにも見つけられず、おりょうは呼びかける。
「あれ?近藤さん?」
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