私利私欲私情を脱いで制服を着ろ
□其の二
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金曜日の夜だというのに、スナックすまいるの客足は、いつもよりもぐっと控え目だ。
常連の客も帰り、妙は口紅をひきなおしながら一息ついていた。
隣に座った女の子が深刻顔で、その横顔を見つめている。
「へー、ゴミ箱漁るの?嫌だ、困るわね」
妙のあいづちに、でしょう、と女の子も頷く。
彼女は妙の同僚で、楓(かえで)という。
もともと、姐御肌の妙に好意を持って親しげに話しかけてきていた楓だが、最近の話題といえば、おもに悩み事の相談である。
「この間は、トイレの外でゴソゴソする音がして、落ち着けないのよ」
と、ぐちをこぼす楓に
「ダメよー、トイレと風呂と、寝室にはついてこないように、厳しくしつけなきゃ」
そう返事する妙の言葉には、経験者だけが知る、重みのようなものが含まれている。
「でも、言っても通じないじゃない?」
「そうね、だから罰も必要なのよ」
「お妙んところは、そういうの無いの?」
「ないわよー」
手洗いに通りかかったおりょうが、しつけのくだりを聞いて
「何?ペットの話?」
と、聞くと、妙と楓は声を合わせて
「ストーカーよ」
と、返事をした。
「時には殴る蹴るも、必要だと思うわ」
実感込めて言う妙に、あんただけよソレと、楓がツッコミをいれる。おりょうは物騒な話になる前にと、そそくさと立ち去った。
楓はこの数カ月、客だった男から受ける、ストーカー行為に悩まされている。
一人暮らしの家に押しかけ、交際を迫られ、待ち伏せなどの付きまといをされてからは、店にも相談して、その男が出入りできないようにしてもらっているようだ。
だが、男は諦めず、電話をしてきたり、相変わらず家の周りをうろついたりを、執拗に繰り返しているらしい。
どいつもこいつも、と妙は顔をしかめる。
客である近藤に、交際を迫られ、家に押しかけられ、付きまといをされたり…
自分も同じ目にあっている筈なのだが。
楓の場合は、同僚の女の子たちも店も、心配したり警戒したりしているが、相手が真選組のおまわりさんだからだろうか、どうも周りは同じように心配してくれてはいない。
…まぁ私はどちらかといえば、はっきり自己表現できるタイプだもの、損な性格だわ、と妙は腕力を棚に上げて、考える。
「…変ね〜」
楓のつぶやきに、妙が顔を向けると
「一人じゃ怖いから、いつも駕籠(タクシー)で帰るようにしてるんだけど…今日は何回電話しても、繋がらないのよ」
携帯電話を耳にあて、楓が首を傾げた。
客足が絶えて、新しく指名される様子もないので、早帰りを決めた楓が、いつも帰りに呼んでいる駕籠屋の番号は、何度かけても話し中で繋がらない。
「あら、本当」
話し中の音に眉を曇らせ、置いた受話器をもう一度取り上げて、妙は番号を回す。
「お店の電話でもダメね。とは言え、歩きで帰るとなると…」
妙は、受話器から聞こえる呼び出しの回数を数えながら、相手が出るのを待つ。
電話先の自宅、恒道館は、ひっそりと暗いなか、電話の音が響くばかり。
「新ちゃんたら、まだ帰ってないのかしら。それなら」
再び妙は、受話器を置き、かけなおしはじめた。
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