人が電話してる時は静かにしなさい!
□其の二
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フロアの端にある階段の踊り場から、小汚い廊下が伸びている。
左右にはそれぞれ三部屋ずつ、合計六部屋ある。
各部屋の扉についている覗き窓にはスモークが貼ってあり、中の様子は窺(うかが)えないが、どの部屋からも数名の男の声が漏れ聞こえ、時々、電話の呼び出し音がする。
廊下の突き当たり、右側の扉を開けると、隅に段ボール箱がいくつか重ねられ、長机が置かれただけの殺風景な狭い会議室風の部屋で、
やはりスモークが貼られたサッシ窓から、茶色く濁った陽が差し込んでいた。
置かれた長机を折りたたんで壁際に寄せ、銀時、新八、神楽に、桂、エリザベス、そして菊の兄が円陣をくんで立つ。
「それでは、配役を発表します」
全員の顔を見渡して、気の抜けた声で銀時が言った。
「新八、弁護士」
「はい」
「神楽、妊婦」
「お腹の子、誰の子アルか」
神楽の質問を、知らんわ、と軽く聞き流して
「ヅラとエリザベスは、ガヤを担当」
と、続けた銀時に、今度は新八が質問する。
「ガヤって後ろでザワザワするヤツですよね」
「そうだよ、臨場感を演出するように」
新八は、ワイワイガヤガヤと書いた看板をあげるエリザベスを横目で見ながら
「てか…あの…エリザベスさんの持ち看板…電話では伝わりませんよ、絶対」
冷静に意見した。
銀時は返事もせず、取り出した携帯電話のボタンを押して
「警官役は俺がやります」
そう言うと、手にした携帯電話を菊の兄に、差し出した。
「そこのきみ、きみは息子役だ」
呼び出しをはじめた電話を見つめたまま動かない少年に
「孝行息子が、妊婦をまき込む交通事故をおこして、母親に助けを求める設定で頼むわ」
のんびりした口調で説明しながら、強引に電話を押しつけ、全員を見渡し
「エリーの事は心配するな。皆が1.1(いってんいち)倍頑張れば、十人で一人分カバーできるからね」
と、キャプテン気どりで励ましの言葉をかける銀時に
「サッカーじゃないから翼君。そもそも6人しかいませんし」
持参したラジカセを準備しながら、冷たく新八がツッコミを入れる。
ふいに携帯の呼び出し音が途切れ、もしもし、と女の声が答えた。
もう一度、もしもし、と繰り返すその声に、菊の兄は慌てて携帯電話を耳にあてた。
「あっ、かっ、母さん?お…」
キキキィキュュキュどがーん!
俺だよ俺、と決まり文句を続けた兄の声は、新八がスイッチを押したラジカセの爆音に、かき消された。
「待てコラァァ!電話してから事故ってオカシイだろうが!事故ったから電話したんじゃん、設定すでにグダグダじゃねーか!」
「ちょっ…僕に言われても。効果音の担当、神楽ちゃんだよね」
詰寄る銀時の迫力に、困惑顔の新八が振り返ると
「り…臨場感を出したかった妊婦…」
と、おでこと口元に血糊を垂らして、床に這いつくばり、助けを求める迫真の演技をしながら、神楽が答えた。
「こんなデカイ音、もはや死亡事故でしかねーよ!しかも妊婦は語尾に妊婦とかつけないからね!?」
銀時はイライラと、それでも神楽にツッコミを入れ
「仕方ねぇ、運転中に携帯電話で気を取られての事故ってことにしてこのまま続けろ!」
と、どうしてよいか分からずにいる菊の兄に指示した。倒れた神楽の横には、桂とエリザベスが走り寄り
「しっかり!妊婦殿!」
伸ばした手をバタリと落とした神楽に、なんとひどいケガだ!と看板をあげるエリザベスに答えて
「本当だ!早く救急車を呼ばねばイカンな!」
と、桂が相槌を打っているが、様子が見えなければ変な独り言に聞こえるだろう。
『よっちゃんなの?』
「そ…そう俺」
呼ばれた名前に、菊の兄も適当に話を合わせる。
『今のすごい音は何?大丈夫なの?あなた』
「や…なんか妊婦をはねちゃった…かな?」
『エエェェェ?』
「助けてよ母さん」
なんとかつじつまを合わせた菊の兄に、新八もラジカセで、救急車の効果音を再生させる。
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