年齢をあきらめの言い訳にしたらダメ
□其の一
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「ちょっと!銀さん!」
声を掛けられた坂田銀時は、けだるそうに、視線だけを向ける。
「ぐーたらしてないで、手伝ってくださいよ」
そんな雇い主の様子に苛立ちながらも、言い聞かせるように、志村新八は言葉を続ける。
「顧客リストの整理!」
ゆらり、と視線を戻し、のんびりと気の抜けた声で当の雇い主は
「あぁ?いーよそんなん、捨てちゃって」
声をかけられる前と、まったく同じ姿勢に戻って、何の興味も示さない銀時に、新八はさすがに声を荒げて、
銀時の腰かけている事務机をてのひらで叩いた。
「いいわけあるか!大体あんたが、客の名前とか覚えられないんでしょうがァァ!」
「ちげーよ、アレは客のプライバシー的なアレで、依頼が終わったら、どちら様でしたっけ、的なのが、カッコイイじゃんみたいな」
「ウソつけェェェ!」
たまらず新八は、ツッコミをいれた。
夏の暑い日差しも、和らいできた九月の下旬。
銀時の腰かける、事務机の後ろの格子窓から明るい日が差し込む、天気の良い午後。
江戸はかぶき町、高級飲食店やカラオケ屋、テレクラやキャバクラなど混沌と雑居する大通り一番街。
そこから少し外れた、薬局だの花屋が並ぶ生活感漂う一画に、地元の若旦那や小銭しかままにならない遊び人が、
気安く酒が飲めると集まり、くちやかましいが人情家の名物女将が営業する、その女将の源氏名を掲げたスナックお登勢の二階に、新八の勤める店はある。
万事屋銀ちゃん、ようするに、探し人から不用品の始末、ペットの散歩、引っ越しや助っ人、なんでもござれのなんでも屋、のはずだが、
依頼のあることが少なく、大体もっぱら、なんにもしない屋であるので、今日も店主の住居兼事務所に待機、メンバー全員で依頼人を待っている。
万事屋銀ちゃんの店主、坂田銀時はあるじといってもまだ若く、二十五、六歳なのに、白髪の様な銀髪。
しかもひどい癖っ毛で、毛先があちこち跳ねてもじゃもじゃした蓬髪を、気だるげな眼にかかるほどに伸ばして、なんとか落ち着かせている。
白地に青いうずしお模様をあしらった着物を着流しに、襦袢代わりの洋服の襟を立て、右肩袖を出して着崩してる様は、なんとも粋だが、長身だから、裾がちょっと短い。
でもブーツを履いて、腰に愛刀、木刀だが、『洞爺湖』と柄にしるされた刀を差して、背筋のスッと伸びた姿は、侍然として恰好がよい。
が、先ほど気だるげな、と表現したが、眼がいけない。
気の置けない仲間達からは、死んだ魚の様な、と表現される。
薄い瞼をやんわりと、開くでもなく、閉じるでもなく、なんともやる気の感じさせない表情の男である。
客を迎えるための応接セットに客はなく、新八と同様、万事屋銀ちゃんに勤めるメンバー、
チャイナ服を着て髪を両耳の上にお団子に束ねた少女が、ソファにあぐらをかいて、目の前に積んだ書類の束を分別する作業に没頭していた。
「本当はフルネーム、覚えてるって」
面倒くさそうに言い訳する銀時を、じろりと新八は睨みつける。
「…そういうことなら、問題を出させてもらいますよ!」
座っている椅子をくるりと回して、頬杖つきながらも、やっと銀時がこちらをむいたので
「真選組局長!」
手始めは簡単な問題を、と新八は選んだのだが
「ストーカー?」
間髪入れずに、だが的外れに、銀時が答える。
「ちげーよ!名前です、名前!」
「あー、そゆこと?始めからそー言ってよ」
「そう言ってるじゃん!」
語気を荒げる助手に、表情も変えず、ハイハイと適当に返事をして
「名前的なアレね、アレ」
やっぱりのんびりとした口調の銀時。
「学名だろ?ゴリラゴリラゴリラ」
「違―――う!近藤さんのフルネームはって聞いてんだよ!」
業を煮やして思わず答えを口走り、声も限りにツッコむ新八を困り顔で見やり
「なんだよ、銀さん間違ったこと言ってる?言ってねーだろが」
まるで訳分らん事をいうのは新八のほうだと言わんばかりの、銀時の口ぶりだ。
「確かに、間違いじゃないです、ある意味当たってるけど、問題の趣旨からいえば、大ファールです」
江戸の治安を守る真選組、その組織を率いている局長の近藤は、長身で大柄、鍛え上げられた身体に彫の深い精悍な顔立ち。
性格の屈強さもあわせて、ゆえに彼と親しい面々からは、ゴリラと仇名されている。
ある意味当たっている、とはそういう意味だ。
「もっと有名なヤツにしろよ、新聞なんかで見る、話題の人物とかさー」
「いいですよ、わかりました」
銀時は答えられなかったのを、問題のせいにしたようだ。
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