近藤さんとお妙さん

□男なら女の中にいる自分以上の自分と闘え
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いつものように あの扉から

愛想振りまき やってきたなら

他人行儀な挨拶をひとつ

そつのない笑顔をひとつ



当り前のように あの向うから

塀を乗り越え やってきたなら

しんらつな言葉をひとつ

ついでにパンチをひとつ



何度となく繰り返されてきた日常にすっかり

いつのまにか交わされた、約束みたいだ。



継続はちからなり



そんな言葉があるけれど、続けられた非日常的なやりとりも、続いているうちは自然に流れていく。


けれど最近、どうも姿を見せない。


あのストーカーが最後に店に顔を出したのが、夏祭りの騒ぎがニュースになる直前だったから、かれこれひと月経つ。
下着泥棒の一件以来、屋敷に武装を整えるために、ヤツの侵入経路はどこかと目を光らせているのに、そ―ゆー時にかぎって、なかなか現れない。

野生の勘でも働くのかしら。




「夕方の風、気持ちイイネ」


隣を歩く神楽に笑顔で、そうね、と相槌を打つ。










「夜風が気持ちいいね、お妙さん」


先月。

月末も近付き、時間延長させてボトルの入れ替えをするまで飲ませた後、会計を済ませた近藤を見送った妙に、
ドアを開けて一歩外に出た近藤が振り返って、こう言った。


日中の暑さを忘れるような涼やかな夜風に、酔って血色を良くした頬をあて

「また来るよ」

と、ごく軽く笑顔を見せて、帰っていった。



それからの、かれこれひと月である。これまでは一週間とあけないようなペースで来ていたのに。

どのツラ下げて店に現れるだろうか。

今はもう、夏の暑い盛りも過ぎて、再び夕暮れの涼やかな風が吹くほどになってきたというのに。



「あなたの“また”ってずいぶん先のことだったんですね」

次に会う時に備えて、台詞を考える。でもこんな事を言ったら来るのを待っていたみたいだ、と思い直す。

「お久しぶりですぅ」

これならどうだろう。



ひと月も顔を見せない常連客失格者には、嫌味のひとつぐらい言っても、変じゃないわよね。



妙は、数日前から考え直してきた、何度目かのシミュレーションを繰り返す。



「お久しぶりです」 もし、そう言ったら、どんな顔するかしら。

ちょっとは慌てるかもしれないわね、デカイ図体のわりに、オロオロしたりして。


でも


大人ぶってヘラヘラ笑われて、「そんなに久しぶりでしたっけ」とか言われたら…


腹立たしいわね


コレは却下だわ


「また来たんですか?」…やっぱり、こっちのほうがいいかしら。




「姐御はナンか買うものアルの?」


そういえば冷凍庫のハーゲンダッツも全て食べつくした。
買って帰りたいところだけれど、これから向かうスーパーは、家からちょっと遠すぎるし…


「アネゴ?」


妙の返事を待って、傘をかたむけて覗き込むように神楽がくり返した。




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