近藤さんとお妙さん
□やきすぎたたまごやきの理由
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「失礼します……ちょっとぉ、お妙ちゃん」
接客中の妙のテーブルにやってきたボーイが、声を潜めて呼びかける。
「指名入ったって、聞こえてた?そろそろ行ってくんなきゃ困るよ」
今夜も近藤は、すまいるにやってきた。
袴姿の近藤が妙のついたテーブル脇を通り過ぎて、案内されたボックスに落ち着いてから、そろそろ半時(はんとき)近くなるかもしれない。
スナックすまいるの席料の区切りは一時間であるから、近藤は指名した妙が訪れるのを待ちながらその時間のほとんどを、
意中の相手ではないヘルプの女のコ達と、遣り過ごす羽目になっている。
それというのも、今夜の近藤は、どうもモテているのだ。
初めて来店した時こそ強面(こわもて)ゆえに、他のホステスから、怖そうだの苦手だのと敬遠された近藤だったが、
あれから幾度となく店に足を運んだ今となっては、明るい性格と屈託のない笑顔に持ち前のサービス精神も相まって、
ご指名の妙でなくとも、女の子の飲み物を注文してやる近藤の席には、ちょっと一休み感覚でヘルプにつく気安さすらあり、
すっかり常連客として、収まってしまっている。
それにしても、今夜の近藤はモテすぎだ。
最初に黒服が指名を告げに来た時、妙は客の話が切り良くなるまで待ちながら、席を立つ機会をうかがっていた。
近藤の座る席の方から
「やだもう、近藤さんたら」
などと、賑やかな声と笑い声が聞こえて
―もう少し時間潰してても、大丈夫そうね
と、妙はのんびりと考えていた。
だが暫く経つと別のホステスが近藤の席に向かい、盛り上がっている様子に、何となく、今居る席を立ちそびれてしまっていたのだ。
店の奥を覗いながら、弱り顔の黒服に、妙はやっと重い腰を上げた。
近藤の席に向かい、手前に座る客やホステスの向こうに垣間見えたその様子に
妙は咄嗟に、顔を背ける。
寄りそう女の後ろ髪の向こうで、顔を傾ける近藤の伏せた目が片方、見えた。
それはまるで 抱き寄せて くちづけを している 様な
くるり、と踵を返して、妙は化粧直しに向かう。
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