近藤さんとお妙さん

□あいこでショ
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ソファに腰掛け、にこやかに、客の話に相槌を打つ妙のテーブルにボーイがそっと近づいて

「お妙ちゃん、ご指名です」

と、告げた。


「これで失礼させていただきます、また面白いお話、聞かせて下さいね」


社交辞令を言いながら、ヘルプの席から立ち上がって、妙は店内をそっと覗う。


狭い店内の、二席ほど離れたボックスに、顎髭の男が座っている。
じっとテーブルを見つめて、くちを一文字に結び、緊張した面持ちの近藤を確認すると、妙はまず、何食わぬ顔で一度、化粧直しに向かった。




おしぼりで手を拭い、鏡の前で前髪を整える。
鏡に顔を寄せ、口紅をひきなおそうとその唇に軽く笑みを浮かべて、思い直す。



いいのよ、コレで

あんなしつっこいストーカー相手に、めかし込んでどーすんの



顔を引き締めて、店内に戻る。近藤の座る席に着くと


「いらっしゃいませ」


と、なるべく素っ気なく挨拶をして、ソファに腰を下ろす。
務めてゆっくり、丁寧に水割りをこしらえて、どうぞ、と差し出す。

近藤は手を自分の腿に置いたまま、肘をしゃちほこ張らせて、上半身ごと前にかたむけ、堅い笑顔で妙の顔を覗き込み


「お妙さん、なんか飲まない?」

「結構です」

「あ、じゃァなんか食べます?」

「結構です」

「あぁ…ははは…」


ちからない笑いを、最後はため息に変えて、近藤は弱り顔である。




しばしの沈黙の後


「お妙さん!頼む!!」

叫ぶようにそう言うと、勢いよく下げた近藤の額がテーブルにガンッとぶつかり、手を付けてない水割りのグラスから酒が弾けた。


「近藤勲、恥を承知で申し上げる!頼む、お妙さん!もう一度チャンスをくれ!」


テーブルに額をつけたまま、必死に訴える近藤に


「ちょ近藤さん、やめてください」


妙は慌てて、声をかける。

顔を上げた近藤は、前を見据えながら


「自分から決闘なんぞと言いだして、こんな頼み事、虫のいいのは百も承知だ、だがこのまんまじゃ諦めきれねぇ」


近藤の左頬が、痛々しく腫れている。




「勝ってもねーけど、闘ってもいねぇし!」




日暮れの決闘を思い出す。近藤の言う事も、もっとも…かもしれない。


「お妙さんがあいつの許嫁でも、こんな幕引きで諦めがつくほど、俺ァ器用じゃねえ」


木刀で勝負に挑んだ銀時に応えて、真剣を手放した近藤のバカ正直さに、妙の胸が痛む。




まったく、この男らしい振る舞いだ。

だがあの時、真剣のまま対峙していたら、結果はどうなっていただろう。


考えなかった訳ではない。でもきっと、近藤にそんな選択肢など無かった、と思ってしまうほど、
どうして自分がそれほどまでに、知りあって間もないこの男の事を買い被ってしまうのか、妙にも判らない。


罪悪感を誤魔化すため、ちょっぴり意地悪く


「武士に二言は無いんじゃないんですか」


そう問いかける妙の言葉に、返事をして貰えたことにホッとした様子で近藤は


「武士に二言はありません!だが今、俺はただの男ですから!」

「調子良いんだから」

「だっはっは、すいません」

「近藤さん」

「はい」

「許嫁ってゆーの、あれはウソです」


近藤の笑顔に、思わず妙は胸に詰まっていた言葉を吐き出す。

黙って今までのように、買い物途中や外出先につきまといにくれば良いものを。
わざわざ諦めていない事を公言しに訪れた近藤を慮(おもんぱか)ってつい、正直になった。


「ええええッ!そーなの!?」


驚く近藤に、にっこりと笑いかけて


「そーなんです。だから、おあいこにしましょ」


そう取り繕う。


まぁ、プロポーズまでしておいて、このまま引き下がるようないい加減な男は願い下げですけど



勝ってもいないが、闘ってもいない


銀さんも、丸く納めるだなんて体面保って…

男同士って甘いんだから



「銀さんったら、あんな闘い方だから、結局解決なんてしないじゃない」



近藤の真っ直ぐさに、妙は、なんだか恥ずかしくなって、照れ隠しにふくれっ面をしつつ一人ごちた。


「さ、近藤さん、飲んで下さい」


手つかずのまま汗をかく水割りのグラスを、勧められながら、妙がくちにした男の名前に、近藤の胸がジリッと焼ける。




*終*

近藤さんと新八くん

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