咲くを待つも華の内
□其の三
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最初の夜、ヤル気をみなぎらせて万事屋を出て行った銀時は、不機嫌な顔で、翌朝出勤してきた新八を迎えた。
「あんな辺鄙(へんぴ)な場所、ホントに夜桜なんて見に来るヤツいんのかよ」
鼻をかみながら、ぶちぶち文句を呟く銀時を置いて、新八と神楽はオッさんの山に向かい、一日を過ごした。
その夜、
「あーなんか熱っぽいかも。つーか熱出てるねコレ。ゾクゾクするし、股間がダリィしダメだなコリャ」
と、嘯(うそぶ)く銀時を、新八と神楽は追い出すように万事屋から送り出した。
次の日の朝は、新八よりも遅く、しかもまだ酔いも醒めやらぬ様子で帰って来た銀時に一瞥をくれて、新八と神楽は出かけた。
花曇りの空は昼過ぎからしとしとと、ひそか雨に変わり、桜の様子を見にやって来たオッさんに帰るように言い含められ、
万事屋に戻った二人は、いびきをかいてソファに寝転がる銀時を眺めて夕方まで過ごした。
夜になっても降りやまぬ雨に
「こんな雨んなか、出歩くヤツなんているかよ」
もっともらしくそう言って、銀時は出かけなかったが、結局その次の夜も、次の次の夜も、見張りに銀時が出かける事はなかった。
暦(こよみ)はとっくに四月に変わり、江戸でも例年より二日遅れの開花宣言も済んで、
各所で花見のニュースが報じられるようになると、気の早い人々が桜の名所に繰り出してゆく。
毎日、オッさんの山で日一日と桜が花開く様子を観察してきた新八が
「銀さん、いい加減腰あげてくださいよ」
痺れをきらして催促する。
「せっかくオジサンからも、正式な依頼をして貰ったんですから」
「そーだヨ銀ちゃん、桜もイッパイ咲いてきたアル。あいつらきっと、そろそろやって来るネ!」
読みかけのジャンプを顔に乗せて、ソファに寝転んだままの銀時が、のんびりと答えた。
「大丈夫だって、あいつらが、まだ来る訳ねーよ」
「なんでそんな事、わかるんですか?」
あまりに余裕な大将の様子に、何か確信があるのかと新八は驚く。
ジャンプを除けて起き上がり、助手の二人に向き直って前かがみに、新八と神楽、交互に視線を合わせて銀時が
「いいか。あいつらにとって一番重要なのは、何だ」
真面目な顔で、問いかける。
「そう、ムードだ。シチュエーションなんだよ。
五分咲きなんて半端な桜より、満開の方が女だってその気になりやすい、股の方も満開になるたばッ」
「のぞきの話じゃねえぇぇぇッ!」
新八と神楽の打ち出した掌底が、両頬に決まり、銀時はソファの向こうに転げ落ちた。
「地上げ屋の話に決まってんだろーがァァァ!」
「誰がカップルの話なんかしてるアルか!」
「これで木が切り倒されるような事でもあったら、万事屋の名が廃(すた)りますよ!」
「もうイイネ、新八。頭満開の天パなんかおいといて、私たちで何とかするアル」
「行こうか、神楽ちゃん」
ピシャリと勢いよく玄関の戸を閉めて、出かけて行く二人の様子にも銀時は、板の間にひっくり返ったまま動こうとはしない。
部屋の隅で定春が、大きくあくびをした。
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