咲くを待つも華の内
□其の一
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「こっちの方に散歩に来るのって初めてだね」
「今日は暖かくって気持ちいいアル、ね、定春」
景色を眺めながら、新八が隣を歩く神楽に笑顔を向けた。
日傘をかたむけて空を仰いだ神楽が頷き、巨大な愛犬、定春の首のあたりを撫ぜながら、春の穏やかな日差しに目を細める。
「こないだ仕事で行った先のオジサンに教えてもらったんだけど、この辺りに、桜の花見の穴場があるんだって」
新八の説明を聞きながら、二人と一匹のすぐ後ろを、懐手の銀時がぶらりぶらりとついて行く。
四月も目前、天気は晴れ、ほのかに霞がかった白い空。
万事屋から徒歩で二十分ほどを、三人連れだって、定春の散歩にやってきたのだ。
万事屋のある新宿かぶき町から南に、新宿駅東口のBUJI TVの看板番組「笑ってよきかな」の収録スタジオがある有田ビルの前を通り、東へ歩く。
旧青梅街道、今の新宿通りと甲州街道との辻になっている辺りは、当時から追分(おいわけ)と呼ばれていたが、
現在の新宿三丁目交差点付近より、昔はもう少し先、内藤町寄りにあった。
内藤新宿の、カプセルホテルやビジネスホテル、宿屋が並ぶ宿場町に入る手前を、今も同じ場所にある天竜寺の方へ折れる。
その先に江戸時代は玉川上水が流れ、幕府重臣内藤家の下屋敷、今の新宿御苑の北側と東側を囲う様に、土手のある堀になっていた。
万事屋一行は、その土手を向こう側に渡り、天竜寺の裏手に出る。
寺の池とお茶の水方面に延びる水路を挟んで、東側に内藤家下屋敷、西側は開拓された都市の中にも長閑(のどか)な畑地や山林が残る。
「あ、もしかしてここかな、この山」
舗装された道路から分かれる、爪先上りの小路の両脇に、桜の木が連なり、新八が景色を仰ぎ小路を進む。
山、といっても小高い雑木林であるが、ほの紅く蕾が色付いた桜の他に、
常緑の椎の木に見え隠れして、白く開きはじめた木蓮の花や、盛りを迎えた桃の花、視線を落とせば雪柳が満開で、心華やぐ。
「まだ咲いてないネ」
桜が見れる、と誘われた神楽は、まだ開きそうもない蕾をつけた枝を見上げ、少し残念そうだ。
「染井吉野はこれからだけど、ちょっと行った先に、早咲きの桜が咲いてるらしいよ」
ゆるゆると坂を上り、染井吉野の林を歩く。
「確かになァ、これだけの桜が満開になりゃァ見事だろうな」
のんびりとまだ花咲かぬ枝を眺めて、銀時も感心している。
「あ、ホントだ!あったヨ!」
木立の奥に、満開の花を咲かせる桜を見つけ、傘を閉じ、小路を外れて林の中へと駆けだす神楽と定春に
「神楽ちゃん、気をつけて!色んな植物が芽吹いてるから、引っかかって転ぶよ!」
注意を促しながらも、嬉しそうに新八が小走りで後を追う。
「スゲーなオイ」
二人に追いついた銀時も、ゆるい笑顔を浮かべて、一足早い春の光景に感嘆の声をあげた。
道から踏み入らなければ気がつかない、木々の奥の拓けた場所に、染井吉野より小輪の花をつけた桜が、幾数本まとめて咲き誇る。
目の前に広がる別世界に近付こうとしたその時
「桜にさわるなァァァァッ!」
「ぎゃぁぁぁぁぁぁッ!」
根元の落ち葉の山から突然、怒鳴り声と共にオヤジの上半身が飛び出し、
三人は飛びあがった。
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