土足禁止の車は靴を忘れがち

□其の三
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「やぁ、とても賑やかで七夕飾りみたいですぜ、土方さん」

「どこがだ」


七月七日近いといっても、そりゃないだろう。
迷子を肩車し、飾りと例えて、頭に帽子、肩にスカーフ、ベストにハンカチを数枚挟み、腕にはジャケット、
刀の柄に靴とトランクスを引っ掛け、腰にシャツを巻き付けられた上司を眺めて、沖田はにっこりと笑いかけながら


「ホラ坊主、なにか願い事書きな」


土方の頭上の子供に、手帳からちぎったメモ用紙と筆ペンを手渡す。

手を伸ばして受け取り

「どんなおねがい?」

と、聞き返す子供に土方が


「どんなって決まってんだろ。早く母ちゃんが迎えに来るように願っとけ」


と、ため息交じりに返事をする。


肩車させられてから、そろそろ三十分が過ぎようとしていた。



「よし、書けたー」

自分も何事かメモ用紙に書き連ねていた沖田が、紙を眺めながらあどけなく言う。


「おまわりさんは、なんてかいたの?」

「どーせロクな事、書いてねーよ」


沖田の願い事を覗きこもうと、男の子が身体を大きく揺らした。
落ちないようにとバランスを取った土方にも、子供に見せてやろうと差し出された沖田の願い事が目に入って来た。


ちぎられた用紙には、ひらがなで、




  ひろく せかいじゅうの

  じびょうでくるしむ

  かんじゃたちの

  たすけになる

  しんやくの かいはつを

  ねがいます





丁寧に書かれた文字の一つ一つに、本心が刻まれているような気がして、

土方は何となく、見ていないふりをした。



「おまわりさん、病気なの?」

心配そうに沖田に声をかける男の子に


「いや…俺じゃねェよ」


真っ直ぐ前を見る土方には、眼の端にやっととらえられる、うつむく沖田の表情までは読み取ることはできない。


幼い頃に両親を亡くした沖田を、親代わりに面倒を見てくれたのは、歳の離れた姉だった。
いつも生意気で可愛げのないこの男も、優しく病弱であった姉の事は大切にしていた。

土方は、まだ江戸に上洛してくる以前、武州の田舎で知り合った沖田の姉、ミツバの明るい笑顔を思い出す。


無理に気軽な声をつくった様子の沖田の言葉に、耳を傾ける。


「身近に居たんでェ。昔っから弱くって…身体ってより……頭が」



……頭が?



「いや、弱いっていうより、悪いって感じかな」



……誰の?



「ニコチン中毒だし、マヨ中毒だし。ただねぇ…バカにつける薬はねぇっていうだろい?」



ちょっと待て、コイツ何の話をしてるんだ、と思いもよらぬ話の流れに、土方は眉間にしわを寄せる。

だが、生意気で可愛げのないこの男が自分に対して皮肉を言っているのだけは、確実だ。

それは間違いない。



「新薬でも出来りゃ良いんだが、おっと、名前書くのを忘れてたぜ」

横書きに願い事を書いた紙の左端に、おきたそうご、と名前を縦に書き込む手を見ながら


「お前こそバカじゃねーのか、名前だけ縦書…」


言ってる途中で、土方は気がついた。


縦書きされた名前の横、願い事の頭文字を縦に読む。







   ろく せかいじゅうの

 お びょうでくるしむ
 き
 た んじゃたちの

 そ すけになる
 う
 ご んやくの かいはつを

   がいます











ひ、じ、か、た、し、ね




「総悟ォ…てめぇの言った通りだぜェェ」


土方は、今までの我慢を解き放つように、鋭く刀を一息に抜くと、沖田の頭に振りおろす。
だが、素早く腰を落として身構えた沖田の両手に峯を挟まれ、受け止められた刃のはばきと切羽(せっぱ)がジャキッと音を立てた。


「急に一体どうしたんでェ」


のんきに沖田が言う。

土方に飾り付けられていた落とし物が、足もとにバラバラと散る。



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