土足禁止の車は靴を忘れがち
□其の一
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大江戸ビックサイト。
江戸の海を埋め立てた土地に、企業施設が軒を連ねる。
広い道路と電車の新路線がひかれたここ、お台場には巨大な展示場施設が立てられ、一年を通して様々なイベントが開催される。
今現在は七月の頭から一週間、各国の名産品や文化を紹介する博覧会が開かれた展示場内は、大賑わいとなっていた。
ただし、各国、とは地球の世界各国ではなく、宇宙各国だ。
江戸の商人だけでなく、天人(あまんと)も多く集まる博覧会は、天人の台頭をよしとしない攘夷浪士らにとっては恰好の標的となるだろう。
江戸中の人間が集まっているような会場でテロが起きれば、大惨事になる。
警戒と抑止を兼ねて、真選組が警備にあたっていた。
「それにしてもすごい人出ですねェ、土方さん」
場内を行き交う人波を眺めながら、沖田がつぶやく。
「そーだな」
抑揚のない返事を返す土方に
「見てるだけで人酔いしちまいそーでさァ、ねぇ土方さん」
話しかけ続ける沖田の声も、うんざり、といった感情が、にじみだしている。
「そーだな」
咥えた煙草を微かに揺らして、土方が相槌を打つ。
会場の壁際の二人は、この数日、同じ場所に同じように仁王立ちになり、目の前を通り過ぎていく大勢の人、大勢の天人を眺めるだけの一日を過ごしている。
真選組の警備が功をそうしてか、まだ事件らしい事件は起きていない。
夏のはしりの蒸し暑さに、会場には冷房が入れられているのだろうが、人いきれに阻まれて涼しさなど微塵もない。
「どっから湧いて出たのかってくらい人がいやがらァ」
人込みから目を離さず、今度は独り言のようにつぶやいた沖田に
「まぁ去年のうちから話題のイベントだったしな」
土方は、退屈しのぎに今度はそーだな以外の返事をした。
「あっ、見てくだせェ、あそこのカップル。イチャイチャして。こっちは仕事してるって言うのに…」
「祭だからテンション上がってんだろ、あんま見んなよ」
苦言する隣の上司を目だけで見上げて
「なんか腹立ってきたんで、一緒にイベント、ブチ壊しにして帰りやしょう」
と、誘う沖田に
「オメーみたいな奴がいっから、仕事するハメになってんだろーが」
と、土方は呆れ顔をした。
まったく、沖田総悟という部下は扱いにくい。
年上でもあり、組織でも目上の立場にある土方に対しても生意気な態度であるのは、付き合いの長さだけでは説明がつかないだろう。
特に今日は、局長の近藤が重役会議に出席していて現場の総責任は、副長の土方十四郎の双肩にかかっている。
それを知ってか知らずか、近藤さんまだ戻らないのかなぁ、などという沖田を、攘夷浪士よりも土方は警戒していた。
沖田は、十八歳とまだ若いが、真選組の隊長を任されている。
くるくると良く動く大きな瞳に形の良い唇、愛嬌ある顔立ちは、美少年という形容詞がピッタリかもしれない。
ただ、黙っていれば、だが。
そんな外見とは裏腹に、チンピラ警察、暴力警察と揶揄される真選組の隊士達をまとめる実力が彼にはある。
こと剣術には天賦の才を備え、一番隊という現場最前線の任を担う。
腕に自信があるからというのが理由の全てではないが、沖田の態度は誰にでも横柄で大人びている。
しかも、その毒舌のほとんどが上司の土方に向けられているのだ。
「あれ」
雑踏に目を向け、沖田が何かに気がついたように声をあげる。
「ガキが一人で歩いてまさァ」
その視線を追うと、確かに幼い子供がおろおろと周囲を見回して、立ちつくしている姿があった。
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