近藤さんとお妙さん
□強引さと自信は比例する
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「い…今頃来たって…遅いわよ!」
驚いたのは妙も同じだ。まさか、外に近藤が立っていようとは思ってもいなかった。
手を離した扉が、ゆっくりと閉まり、カチャリと小さな音をたてる。
「お店、もう、終わったんですけど」
「そーですよね」
こんな説明しなくても、常連客の近藤はもちろん閉店時間なんか判ってるだろうし、そんな近藤がなぜこの時間に来たかなんて、訊かなくても妙にもわかる。
くちの端を微かにあげた、苦笑いのような照れ笑いのような近藤に見つめられて、妙もはにかむ。
思わずほころびそうになる顔を背を向けて隠し、家へと向けて歩き出したが、それを見送ろうとする近藤の気配に慌てて
「お仕事…」
言葉を探す。
「ん?」
「お仕事だったんですか、近藤さん」
ちょっと振り返って声をかけると、近藤は一瞬キョトンとした顔をしたが、隊服姿の自分を改めて意識したのか
「あ、そう、そうだったんだけど、さっきまで」
なかなかその場から動こうとしない近藤に、ゆっくりと歩きながら妙はさらに話しかける。
「お忙しそうですね」
「ははは…」
来店しないことを責められている、とでも思ったのか、一向についてくる素振りを見せない常連客に、ポツリと呟く。
「鈍い人」
「え?」
暑苦しく言い寄るわりには、近藤はいつもどことなく遠慮がちだ。
「…にぶいひと」
「え?なんて?」
小さく繰り返した呟きに、追いかけてくる近藤の足音がして、妙はホッとした。
「結婚してくれ」と言ったあの日以来、マメに顔を見せるその行動から、彼の本気さはうかがえるけれど、最後の一手に欠けている。
優しさからか、自信のなさからか、いつも冗談じみた近藤の口説き文句に、妙は冷たくあしらう。
だいたい、なんでいつも笑いを取ろうと変な場所から現れるんだろうか。
…今夜はちょっと違ったけど…
「なんでもないです」
「いやいや、なんか言ったよね?」
「……こないだ、おりょうとなんかコソコソしてたでしょう?あれ、なんですか?」
「い?いや別に何も…」
「ごまかしたってダメです」
「なんもないよ、コソコソだなんてそんな」
隣を歩き始めた近藤と、とりとめのない会話をしながら、堀沿いの道に差し掛かったところだった。
揺れる柳の枝に、白い影がふわりと動き
「きゃあっ」
ドキリと心臓が跳ねた妙は、思わず近藤にすがりつく。
急に抱きつかれて、わ、と近藤も小さく声をあげた。
「ど、どうしたお妙さん」
「あそこになにかいるっ」
「へ?どこ?」
自分の胸に収まった妙を庇うように、両手を広げたままためらう近藤は、指し示された先に目を凝らし
「大丈夫、サラシみたいなモンがぶら下がってるだけだよ」
そう言われて、見間違いを恐る恐る確認した妙は
「イヤだもう…ビックリした…」
「俺もビックリしたなァ」
近藤の胸に置いた手から、直接声が響いて、慌てて離れる。
「おっ、お客さんにさっき、怖い話されて…私、苦手なんですそういうの」
言い訳をすると
「俺も苦手ですよ、トイレ行けなくなっちゃうよね」
なんて、神妙な顔で頷く近藤に
なぜかイライラがつのる。
けれど、このイライラをぶつけることもできず、フイと近藤から顔をそむけて、急ぎ足で歩きだす。
「見えないモンは、いない!だから怖くなんかねーぞーって…お妙さん!オーイ待ってくれ!置いてかないで!」
ふざけてばかりなんだから。
きっと近藤は抱きついてしまった事の、照れ隠しに、不機嫌になったと思っているだろうけれど、それだけじゃない。
鈍い人。
*終*
断念