泉野パト小説

□貴女の居場所
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二課棟、屋上。
一人の隊員が空を見上げ、潮風に吹かれ佇んでいた。
たまにこうして訪れては深呼吸したり、誰にも打ち明けられない想いを抱く。
…今日もまた。

「――やっぱり、ここに居たのか」
「うん。ちょっと気分転換、かな」

やって来たのは、パートナー。
返す言葉は、少しだけぎこちない。

「先刻の事、考えてたんだろ。隊長も冗談って言ってたんだし、気にする程度のモノじゃ…」
「うん、それは良く分かってるんだ。その事じゃなくて、ちょっと…ね」

そう言って野明は、背を向けた。
こんな時は、彼女の中に未だ“わだかまり”が残っている事を、彼は知っている。

「じゃあ、どうしたってんだよ?」

知ってはいる、だが。
いつも、気の利いた一言が出てこない。

「…俺にも話しにくい事、か?」

ぽつりと漏らす。
彼女が一人でここへ来たって事は、誰にも言えない様な悩みや気持ちがあったからだ。
其処へ、自分がズカズカと無視して入ってしまうのは、傷つける行為だろうと考えた。

「えっ?…あ、いや、そんなんじゃなくて」

そんな遊馬の心情を声音で察した野明は、急いで振り返り訂正する。

「本当にそんなんじゃないんだよ。ちょっとあたしらしくなく、感傷に浸ってたって言うか」

指摘される前に、自分で『らしくない』と言っておく。
大袈裟に、手まで振って。

「ごめん遊馬。また心配かけちゃったね」
「気にする事ない。それより、どうしたんだよ」

苦笑いを浮かべる野明を気遣って、遊馬は少し遠慮がちに聞いてみた。
野明もまた、数秒置いてから答える。

「…あのさ。隊長が、『解散したらお前たちは何処へ行くんだ?』って聞いたでしょ」
「あぁ」
「そう聞かれて、ちょっと考えちゃった。それでね、考えて気付いたの」
「何を?」

答えが一拍遅れる。

「うん。普通の警官として働いてるトコとか…全然考えられなかったんだ」
「…?」
「おかしいよね。二課に来る前は、ごく普通なお巡りさんだったのにさ」
「それは、皆も同じだと思うぞ。俺だってそうさ」

えへへと苦笑いし、更に話を続けた。

「…それでね。あたしの居場所って、此処以外に思いつかなかったんだ」
「そんな事ないだろ?実家の店手伝うとか、まだあるんじゃないか」
「うん、本当はそうだよね。でも、あたしは…きっと帰れない」
「は?…何で?」

彼女の本意も、俯く理由も分かり兼ねた。
首を傾げる事しか出来ない。

「親に合わせる顔が無い、とか云うんじゃないだろうな」
「そんなんじゃなくて」
「じゃあ…」

彼の問いかけは、途中で切れた。
彼女が日差しの中でそっと浮かべた、悲しそうな微笑。
今まで見せた事の無い、その表情。

「苫小牧にはね、家族の他にも大切な人がいるんだ。その二人の…邪魔になりたくないから」

言葉が詰まって、彼女は背を向け空を仰ぐ。
直後に、流れる雲の切れ間から強い日差しが差し込みだした。
目を細める遊馬。
数歩前には、そのまま光の中へ儚く消えてしまいそうな彼女の後姿があった。

「野明!」
「!?」

突然名前を大声で呼ばれて、野明は驚いて振り返る。

「な、何?…もしかして、『らしくない』って怒った?」
「え…?い、いや」

遊馬は我に返る。
彼女の腕まで掴んでいる事に、自分でも驚いた。

「いや…。悪い、なんでもない」

慌てて手を離して、謝る。
そして、バツが悪そうに頭を掻いた。

「ごめんね。本当にあたしらしくないよねぇ、こんな事ウジウジ考えてるなんてさ」

野明も、恥ずかしそうに頭を掻く。
先程の表情が幻だったかのように、いつもの照れが混じった苦笑を浮かべている。

「お前は、本当に優しいな」
「…はい?」

いつもの様に茶化されると覚悟を決めていた彼女には、全く予測してない一言。

「お前の居場所はな、心配する事なんてないんだよ。ちゃんとあるんだから」
「え…」
「お前はいつもの様にヘラヘラ笑って、一生懸命に突っ走ってりゃいーの!」

遊馬もいつもの調子に戻ったのか、はたまた照れ隠しなのか。

「ヘラヘラって、そんなバカみたいに笑ってないもん」

やれやれ、と溜息を一つ吐いた遊馬。
頭を乱暴に撫でる。

「はいはい、分かった分かったから。一服しにいくぞ」
「…」
「のーあっ」
「う…ぐっ、痛いってば!」

今度は頭を大きく掴みかかって、無理矢理視線を合わせる。

「いいか。先刻俺が言った事、ちゃんと覚えとけよ?」
「は?」
「もう言わないからな」
「何を…って、ちょっと遊馬っ!?」
「先に行ってるぞ。お前の分のお茶菓子、全部食ってやる」

問い質そうとした頃には、遊馬は既に階段へ歩き出していた。

■おしまい■

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