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□30 夜に
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暗い。今日は朝からずっと曇り空で、それは夜になっても変わらずにいた。月も星も、厚い雲に覆われて見えない。
こんな風に暗い夜空のことを、すずちゃんなんかは「墨を流したよう」だと言う。

(ルナの機嫌が悪い、か)

クラースさんが昼間、ぼやいていたのを思い出す。
あの穏やかな精霊にも虫の居所の悪い日はあるらしい。
ルナの機嫌が悪いから月が出ないのか、月が出ないからルナの機嫌が悪いのか、どっちなのか僕にはわからないけれど。

「明日は雨かな……」
「間違いないだろう」
「えっ」

独り言のつもりで出した言葉に思いがけず返事があって、僕は窓の外から視線を剥がして振り返った。
三つ並んだベッドの内、一つにはチェスターが布団を跳ね除けてぐっすり眠っている。
もう一つは鎧とマントが陣取っている、僕のもの。
最後の一つには、寝ていた筈のクラースさんがいつの間にやらむっくり起き上がって腰かけていた。

「ルナは相変わらずだが、ウンディーネの機嫌が頗る良い。対してイフリートは落ち着かないな、さっきから始終そわそわしっぱなしだ。あとシルフがなんだか楽しそうだから……これは嵐になるかな」
「え」
「ああ、ヴォルトは落ち着いてるから雷は落ちないぞ」

闇の中でも薄っすらと光る色とりどりの指輪を並べて、まるで天気予報だ。
恒例の特訓に出かけようとしたチェスターを引き留めて無理矢理寝かしつけたのも、天気が悪くなるのがわかっていたからなんだろうか。

「クラースさん、気象学者にもなれるんじゃないですか」
「さあ、どうだか」

赤い宝石がついた指輪を宥めるように一撫でする。
どうやらイフリートは雨が嫌いらしい。火の精だし、水は苦手なんだろう。

「さてクレス。嵐になるとして、明日はどうする?」
「そりゃあ……待機ですよ。僕らだけならともかく、ミントやアーチェ、すずちゃんに嵐の中を進ませるのはちょっと」
「それが賢明だ。よし」

すとんとベッドから降りると、クラースさんはランプ片手にがさがさと荷物を漁りだした。
ややしてから嬉しそうに取り出した瓶に入っているのは、どう見てもお酒。
何を持ち運んでるんだこの人は。道理で不自然に荷物が重いわけだ。

「ああ、クレスはもう寝なさい。若者には睡眠が必要だぞ?」
「クラースさんこそ寝てくださいよ。明日晴れたら辛いですよ」
「へーきへーき」
「……もう」

こうなっては何を言っても無駄だ。

「程々にしておいてくださいね」
「了解!」

楽しそうなクラースさんを傍目にベッドに潜り込もうとして、そういえば四大精霊との契約後はクラースさんが酔い潰れた翌日は決まって大雨か強風か雷か、その全部だったことに気付く。
精霊の様子から次の日の天気を見極めて、その上で酔い潰れてたのか、この人。

「力の使いどころが……」
「なにか言ったか?」

凄いんだか凄くないんだか、いや凄いんだろうけどさ。

「なんでもないです。おやすみなさい」
「ん、おやすみ」

カタカタと窓が風に鳴った。どうやら、本当に嵐になりそうだ。





夜に

(まだまだたくさんの知らないこと)



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11.10.07

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