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□27 月を眺めて
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――放浪癖でもあるのかあのおっさんは。
内心で毒づきながら、チェスターは険しい面持ちであっちこっち見回っていた。
一応キャンプしている周囲にホーリィボトルで結界は張っているものの、テントからあまり離れては意味を成さない。
夜は特に魔物が活発化するというのに。
最近エルフの里で入手した大弓を抱え直し(作りが良いのか元々自分の弓なのかだかはわからないが、それはしっくりと手に馴染んだ)何本か矢を番えながら、チェスターは薄闇に目を凝らした。
夜中にふらっと居なくなる気ままな召喚士を、キリキリ痛む胃を抑えて探しに行くのはもう何度目だろうか。

「……おいおい」

捜索開始から十数分。捜していた人物を発見し、舌を打った。
崖っぷちから足を垂らして、片手に持ったボトルを結構なペースで煽っている。
煌々と輝く満月の光に照らされたその姿は危なっかしいことこの上ない。
知らずと眉間に皺を寄せ、チェスターは驚かせないように声をかけつつ歩み寄った。

「こんなところで月見酒か?」

テントに居ないからわざわざ探しにきてやったのに。
番えていた矢を背の矢筒に戻し、そう呟く声はどこか呆れたようでもある。
振り返ったクラースは口の端を少し上げ、ボトルを揺らした。

「どうだ、一杯」

とぷりとした水音にチェスターはますます眉間に皺を寄せた。
一応これでも十七だ。酒を堂々と飲める歳にはまだ少し遠い。

「未成年に酒勧めんなよおっさん」
「そうか。意外にお固いよな、お前は」

ぴしゃりと断られ、クラースは肩を竦める。
こうして断ったのは実はこれが初めてではない。もう既に両手の指では数えられない程である。
アーチェには意地でも飲ませないくせに、何故自分には酒を勧めるのか。
――大方、一緒に飲む男相手が欲しいんだろうが。
チェスターは溜息をついた。この年長者は、時折酷く子供染みた真似をする。

「だいたいあんた、飯もロクに食わないで酒ばっか」
「満腹は学者の敵だからなあ」
「ミントの方がまだ食ってるぞ絶対」

他の面子には散々食え食えと料理を勧めるくせして、クラース自身はろくに物を食べようとしなかった。
クレス曰く「あの人の胃袋は特別製」らしい。
平気で二日三日酒のみで過ごしたりしようとするから気が抜けないのだ。

「いいんだよ。その分酒でエネルギー補給してるから」

こいつ絶対早死にする。チェスターは確信した。
クレスもクラースのこの悪癖にはほとほと困り果てているらしく、しかし治せていないところを見るとどうやら修正はもう絶望的なようだ。

「不健康にもほどがあんだろ」
「そうかな」

そうこうしている間にもクラースの持つボトルの中身は着実に減っていく。
クラースの脚が虚空にぷらぷらと揺れるのを、チェスターはどこか釈然としない面持ちで眺めていた。
脚が揺れるたび、足首に括り付けられた鳴子がからころと乾いた音を立てる。
月は相変わらずぽっかりと丸く、青白い光を惜しげも無く地表へと降り注いでいた。
それに呼応するようにクラースの嵌めている指輪が淡く光り、それを見つめるクラースの表情も柔らかい。
綺麗だな、とチェスターは素直に思った。同時に、やはり危なっかしいな、とも。

「……飲むならテントの近くで飲めよ。知らねえぞ襲われても」

内心の素直さとは裏腹に、出てくる言葉はつっけんどんなものばかり。

「こんな月夜に魔物なんて無粋なもん出ない出ない」
「あんたなあ」

とうとう焦れたチェスターは、後ろからクラースをぐいと引っ張った。
うわ、とクラースの口から驚きの声。
しかしボトルはしっかりと握りしめている辺り、どうしようもないなとチェスターはクラースを引き摺りながら頭を振った。

「なんだなんだいきなり」
「……危なっかしいんだよ」

やけに真剣な顔をしているチェスターの様子にクラースは首を傾げた。
崖からある程度離れたところで引き摺るのをやめたチェスターは、所在無さ気に弓の弦を弾いている。

「あー……」

合点がいったのか、クラースは苦笑しながら立ち上がった。

「心配してくれてどうも。大丈夫だから、もう戻ってなさい」

いきなりの子供扱いに、む、とチェスターが唇を尖らせた。
その仕草が子供っぽいことには本人は気付いていない。

「急に大人ぶんなよ。だいたい、心配とかそんなんじゃ……」
「素直じゃないねえ」

にやにやとしか形容のしようがない笑みを浮かべるクラースの頬を抓りたい衝動を堪えつつ、チェスターは精一杯の嫌味声を出そうと努力した。

「この酔いどれオヤジ。酒太りして後悔しろ」
「なんだとこの」
「メタボ予備軍」
「誰がメタボだ!! ええいそこに座れ! そしてお前も飲め!」
「飲まねえよ! この不良中年!!」

二人の大声に驚いたらしい鳥がばさばさと飛んで行く。
それにびくりと肩を震わせたのは、奇しくも二人同時で。

「……びびってやんの」
「お前こそ」

ふっとどちらからともなく笑みが零れる。
先ほどの大声とは打って変わった忍び笑いが静かに響き、しばらくして止んだ。
――こんな時間がずっと、続けば。
そう思ったのも、きっと二人同時だったのだと。





月を眺めて





「……あ、もし酒太りしたらオレがダイエットに付き合ってもいいぜ。旦那は寝っ転がってるだけで、」
「そういうベタなのは要らない」



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11.10.09

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