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□卑怯者、あるいは臆病者の朝
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一人部屋と二人部屋と三人部屋に別れて宿屋に泊まる日の、あたしの朝は早い。
アンジュやエルを起こさないように静かに部屋を抜け出して、ルカやスパーダに気づかれないようにそろそろと廊下を進む。
そして一人部屋の鍵を開け(宿屋の鍵なんてあってないようなもんよね)、そろりと忍び込んでベッドを見下ろせば、お目当てはあんまり安らかとは言えない表情で目を閉じていた。
普段とは違って結ばれてないほどけた髪が、白いシーツの上で散らばっている。相変わらず腹立つくらいキレイな髪ね、ほんと。
「……アニーミ、なんのつもりだ」
よいしょっと平べったいお腹にのしかかったところで、地を這うような低い声がした。
目線を上げれば、青い瞳とばっちり目が合う。
寝起きにしてはだいぶとげとげした視線よね。
「わざわざ起こしにきてあげたっていうのにずいぶんな態度じゃない?」
「何度も言うが、俺は犯罪者になる気は無い」
「傭兵稼業とか言って色々やってるくせに今更何言うのよ」
「それとこれとは話が違う」
こんな感じのやりとりも一体何度目かしら。
いい加減あきてほしいところ。もどかしいったらありゃしない。
「違わない。だいたい、このくらいの年の差がなに? あたしがもっと大きくなったら関係ないじゃない」
「今はそれが大問題だと言っている」
「あんたはそれを盾にしてあたしから逃げてるだけよ」
「逃げるもなにも、お前が一方的に俺を襲っているだけだろう。これは防衛だ」
防衛、ね。なんとも傭兵らしいお答えですこと。
「五年も経てばあんたのその盾は使えなくなるわ」
「フン、ガキの一時の気の迷いがそんなに保つものか」
「言ったわね」
「ああ言ったとも」
じっと青い目を覗きこめば、眼差しはますますとげとげしたものになった。
つんけんしちゃってさ、ちょっとひどくない?
ま、わかりやすい"防衛"反応だけど。
「……おい、そろそろ退け、アニーミ。これが目撃されて困るのは俺だ」
「キセージジツ作っちゃえば手っ取り早いってエルが」
ちっと舌うちの音。それと同時に首ねっこをひっつかまれてリカルドのお腹から無理矢理退かされた。
……扱いが手荒なのはまあ百歩譲って許してあげるとして、よ。
「余計な知識をつける暇があったら銃の構造でも学んでいろ」
「あんもう、へたれ」
わざと寝込みを襲わせてるくせに、嫌になるわまったく。
身を起こして髪を結び出したリカルドの傍ら、あたしは深々と溜息をついた。
卑怯者、あるいは臆病者の朝
(部屋に入ったその時にあんたが気づかないわけがないじゃない!)