頂
□風の目指す場所
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ふわり、と優しい風が頬を撫でた。
なんとなくこっちだろうと思ってきたけれどやっぱりそれは当たっていて僕は茂みの向こうへと足を向けた。
森というよりは林に近い木々を抜けると、少しだけ広い高台になっていて。
僕たちが通ってきた道がその下に広がっている。
「こんなところにいたんですね」
みんなが休憩しているところから少し離れたところでクラースさんは休んでいた。
…ただし、一人じゃなかったけれど。
「ああ、・・まぁ、な」
頷いたクラースさんは傍らにいたもう一人・・、正確には二人。小さな子供のような姿をした精霊シルフへと視線を向けた。
クラースさんの視線が、一瞬で僕からその精霊に向けられて少し心がざわついたけれど。
気づかないふりをしてクラースさんの横へ歩み寄る。
さっき僕の頬を撫でていったのと同じ優しい風がバンダナを弄んで通り過ぎる。
やっぱりあの風はシルフの風なんだと改めて納得した。
僕にはあまり精霊の事は良くわからないけど。それでも契約した精霊達はクラースさんに対する態度が穏やかなものなのはわかる。
だって。現に目の前のシルフは柔らかな風を纏ってクラースさんの周りを飛んでいるし。
地面に生えている背の低い草を踏んでクラースさん達へと近寄る。
そうするとさっきまで聞こえなかったからからとした小さな音が聞こえた。
それがクラースさんの手足に付いている鳴子の音だと気付くのにそんなに時間はかからなかった。
クラースさんは特に言葉を発することも無く周りを漂うシルフに微笑みかけている。
クラースさんの外套がシルフの風に靡いてまた鳴子が音を立てた。
それがまるで二人で会話しているみたいで。言葉を発しないけれど穏やかな会話みたい。…それで、僕はすっかり蚊帳の外の状態。まぁそもそも後から来たのが僕だからなんだろうけど。
「…クラースさん」
堪らずに僕が言葉を紡ぐとシルフはふうわりと空へと舞った。
「――マスター。それでは私はこれで」
「あぁ、ありがとう」
薄く消えかけたシルフにクラースさんが笑みを浮かべて答える。
それは普段僕が見たことのない柔らかい笑顔で。
心の中のどこかがきゅっ、と痛んだ。
「探しに来てくれたのか?」
「ええ。…そろそろでないと日がくれる前にこの林を抜けられなさそうですから…」
「そうか、すまなかったな」
そう行って僕に向ける笑顔は普段と同じ。
あの精霊に向けていた笑顔とは違う。
自分で考えた事だけどやっぱり心の中が痛い。
クラースさんの中で精霊は「特別」で僕はそれ以外。
そんなの比べることをじゃないんだろうけど僕もクラースさんの特別、に…
「…クレス?」
いつの間にか立ち止まってしまった僕はクラースさんの呼び掛けの声に顔を上げる。
「あ、すいません」
「いや。どうした?皺寄ってたぞ」
クラースさんが眉間を指差してにっと口の端を上げる。
それで漸く顔が強張っていた事に気づいて一つ息を吐く。
「いえ。ただ、仲いいなぁと思って」
「ん?あぁ、…そうか?」
「僕が見た限りでは、ですけれど」
僕が誰の事を言っているのか理解したクラースさんは一瞬首を傾げたけれどすぐにくつくつ、と肩を揺らして表情が笑顔に変わった。
「クラースさん?」
「いや、すまない。ただ、…そうか」
未だ表情に笑みを浮かべたまま隣を歩く僕の背中をマント越しにぽん、と叩く。その表情はどこか嬉しそうな楽しそうな。
はっきりとはわからないけれど上機嫌なのは間違いない。
それにあわせてクラースさんの手首についた鳴子がから、と鳴った。
「シルフも似たようなことを言っていたな、と」
「シルフが?」
「あぁ、迎えに来たクレスを見たとき。仲がいいんですねぇだとさ」
そう言って笑うクラースさんがなんだか楽しそうで。
…そんな顔されたら僕の小さな嫉妬なんてどこかに消えていっちゃう。
…あぁ、僕は精霊の事が好きなクラースさんが好きなんだな―――
「おい、クレス?」
クラースさんの顔を見つめたままでいた僕に怪訝そうな声で引き戻される。
なんだか気恥ずかしくなって少しだけ顔を逸らせばクラースさんが小さく笑った。
「さ、行こう。今日中にここを抜けるんだろう」
「はいっ」
先に歩くクラースさんを追いかければ僕の頬を風が撫で通り過ぎ去る。
―――僕は少しだけこの優しい風が好きになれた気がした――
FIN