陰陽の書

□星の運命を覆せ 序章
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 枯草を踏み分けて、小柄な影と長身の影が闇の中を進んでいた。
 吹きすさぶ風は刺すように冷たく、空はどんよりと曇っている。
 足元を照らす明かりも無く、その影達は危なげなく歩んでいく。
 やがて、足音がふつりとやんだ。
「・・・・・ここが?」
「・・・えぇ、そうよ」
 風に紛れ囁かれる会話は、感情を感じさせず、ぞっとするほど冷たい。
 盛り上がった土の山。人々に忘れ去られた墓を、枯草が覆っている。
 頭からかぶった布で、小柄な方は顔を隠されている。かろうじで隙間から覗く口元が、ふいに笑みの形に吊り上った。
「―――闇にたゆたう魂あらば」
厳かに唱え始めると、もう片方の影がついと腕をのばす。
その手に握られた三尺はあるだろう生きた蛇が、盛り土の上に落とされる。瞬間、真っ二つに裂け、噴き出した血が、盛り土に吸い込まれていく。
「・・・醒めて現、時渡り。・・・地に染み渡る歌あらば」
 風が凪いだ次の瞬間、突如起きた竜巻によって2人の衣が、大きく翻った。
盛り土に開いた裂け目に、靄が生じる。徐々にのび上がり、人の姿を形どっていく。
「冥き鎖に・・・、―――囚わるる」
 瞬間、禍々しさの渦巻く念が、盛り土を跡形なく消し飛ばした。
 はっきりと形を持った霊は、からっぽの眼窩で周囲を見渡し、目の前に立つ二つの人影を認め唸る。
 人影は、殺意に近い視線に動じることなく受け流し、口を開く。
「・・・憎くは、ないか?」
『・・・・憎い・・』
 促すように問いかけると、一呼吸の後に、応えがあった。
「そう、憎い。お前だけがこんな果ての地で命を終えて、なのに・・・」
 布をまとった影は満足そうに頷くと、傍らの影が、ついと彼方を指差す。
「・・お前を貶めたあの男は、『今』もかの地で栄華を誇っている」
 全身から怨嫉の念を迸らせ、指し示された方角を睨み付けた。
『あの男――――!!』
 怨霊と呼ぶべきものは、重々しくうめくと姿を消した。
「・・・姉上」
「・・えぇ、私達も行きましょう」
 姉と呼ばれた方が促すと、軽く頷き彼女を抱き上げる。
「しっかり掴まっててくださいね?」
「分かってるわ」
 彼女が応えた後、その場から2人の影が忽然と消えた。
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