*C-book*

□哀に沈む瞳 
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彼が・・・金澤紘人がこうやって甘えてくることよくあること。それが学校のことであったり、音楽のことだったり・・・過去のことだったり。原因は様々だ。
普段なら、それらはすべて煙草と一緒に吐き出したり、お酒で飲み込んだりするらしいのだが、時折それでも消えない苦しさを紛らわせようと、こうやって甘えてくる。
きっと、言葉にして吐き出してしまえば楽になれることであっても、彼は決して口にしない。それが、痛いものを痛いと言えない、素直になれない大人の性なのだと、彼と付き合うようになって知った。
おれはそれを、ただ温もりを与えて気を紛らわせてあげることしかできない。少し寂しい気もするけど、だからといってすべてを明かされて、それをちゃんと受け止めてあげられるだけの器量を生憎まだ持ち合わせていない。だから、ほんの少しでも痛みを紛らせられるなら、その何かできることがあるなら、精一杯答えてあげたいと思う。
だから今も、抱きしめられた手をそのままにして、彼がなにかを口にするまで待っている。
「…ん〜…」
肩に押し付けられた顔の下から、呻き声が零れてきた。なにか言うとかどうか悩んでいるのだとわかって、少し促すように手を握れば、少しだけ肩から顔が上がった。
琥珀色の瞳が、視線だけ一瞬此方に向けられ、すぐに伏せられる。
「……情けないなぁ…」
上がった顔がまた下がって、今度は深い溜息が聞こえてきた。
今心を苛んでいることに悩む自身が情けないのか、それでおれに甘えていることが情けないのか。伏せられた顔からはそれのどちらなのか、おれにはもうわからなかった。
思うことを、感じていることをすべて口にすることがいいことだとは言い切れない。時にはきっと、言わずに飲み込まなくてはいけない事もある。そうしなくてはいけないときが、大人の世界には存在している。それは時に辛く重く、ただただ心を苛んでいく。それは苦しく、時に息さえも詰まらせるほどに。
腕の力がさらに強まって、少しだけ身体に痛みが走る。それは彼が痛みに耐えている証拠そして聞こえてくる、再びの溜息。きっと、吐き出したいものはもっと別なもののはず。でも出せない苦しさ。
なにか気の利いた言葉のひとつでも発ししてあげられたらと、いつも思う。だけど、痛みがわからない自分の言う言葉に、力なんてあるとは思えない。
「…先生…」
結局かける言葉が見つからなくて、出ない言葉のかわりに繋いだ手をしっかりと握って。縋るように甘える身体にこちらから擦り寄ってあげるしかできなくて。
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