*C-book*

□哀に沈む瞳 
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そんな風に小説に気を取られていたせいか、背後に近づく存在に一切気づかなくて・・・。




「…っ!」
ふいに腰に回された腕。背中に掛かる重み。そこから感じる確かな温もり。
そして鼻腔を擽る、煙草の匂い。
「…金澤、先生?」
小説から視線を外して振り向けば、肩に顔を押し付けるように後ろから寄りかかる先生がいた。声をかけたら、さらに強く腰を引かれて抱き寄せられる。
「…来てるんなら、声かけろ」
押し付けられた顔から、少し曇った声でそう言われ、今日はまだ彼に会いに行っていなかったことに気づいた。来た時間が早かったからついうっかりしていた。
「授業、してるのかと思ったから」
怒ってるの?…と恐る恐る問いかけてみるも肩にある顔は上を向かず。
とにかくもう小説は読めそうに無い。そう感じて手にある本を閉じて、元あった場所に入れた。そして空いた左手を片方腰に回った手に重ねて、右手で肩にある髪をそっと触れる。
緩やかにカーブしたうす紫色の髪をそっと指に絡めれば、そんなことしなくていいと言うように手を掴まれた。掴んだ手に自身の指を絡めて、腰を抱いている腕に重ねられる。
もう片方の手も同じように指を絡められて、まるで縋り付くようにさらにぎゅっと後ろに抱き込められる。
両手を取られてしまって、こうもきつく抱きしめられてしまってはなにもできない。幸いなことに今は授業中。他の生徒にこの光景を見られないだけまだ救いだなと頭の片隅で思う。けど、いつまでもこのままというわけにいかないわけで・・・。
「…なにか、あったの?」
絡められた指をそっと握り返し、極々小さな、それでも甘えてくる彼には聞こえるだけの声でそう尋ねた。それに少しだけ手に反応が返ってきて、でも何も言葉を口にせず、小さな溜息が聞こえてくる。
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