*C-book*

□貴方の傍に…
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(すれ違いになっちゃったかな?)
走ってきた身体を門の柱に預け、僅かに生まれた不安を、さらに寒さがそれを煽った。
持っていたヴァイオリンを両腕で抱きかかえ、何もしていない、僅かに赤くなった両手にそっと吐息を吹きかける。僅かに指先が温まるも、すぐ風に温もりが奪われてしまう。
(先生が出てこなかったら…どうしようかな?)
悴む両手に息をかけながら、肩に下げている自分の鞄に視線をやる。
そこには、今日のためにと用意した大切なもの。
本当は今日ここへ来たときに、真っ先に渡そうと決めていたもの。
突然の呼び出しさえなければ、今ごろ彼の手の中にあったはずのもの。
(明日じゃ大学の講義が遅くまで掛かるから無理。明後日じゃ意味がない)
少しだけ温まった手をそっと擦り合わせ、再び息をかける。
(家に直接行ってポストに…でも直接渡したいなぁ…)
今日の日の為に、自分で色んなお店に足を運んで。時には場違いな女性向けのお店にまで足を運んで、やっとの思いで見つけたプレゼント。
多少値が張ってしまったけど、少しでも喜んでもらう為だから悔いはない。
だから、できる事なら今日中に直接本人に渡したいところ。
ほんの少しだけ、突然呼び出したバイト先に恨みたくもなる。
「…帰っちゃったかな?」
待ってはみるけど、なかなか中から人出てこない。柱から身体を離して、門の中を覗き込む。
真っ暗になった校内に、僅かに見える大きな人影。見間違えるはずのない長身に、揺れるロングコートの裾。そして小さな紅い灯り。
ゆっくりとこちらへ歩くその姿に、先ほどまでの心にあった不安が一掃され、ふわりと顔に笑みが浮かぶ。
「あ、金澤先生…」
「…んっ?…」
声に気づいて、少し項垂れていた顔がこちらを向く。
そこには深いグレーのロングコートに身を包み、首には淡い色のマフラー、口にはタバコを咥え、藤色がかったウェーブした髪を後ろで軽く纏めた、顔はどこか疲れた色を見える金澤の姿があった。
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