*C-book*

□貴方の傍に…
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(先生…まだいるといいけど…)
ホームへ入る電車のブレーキ音を扉越しに感じながら、ふと思うのはあの人のことばかり。
開いた扉からホームに降り立って、定期の入ったパスケースを片手に早足で改札へ急ぐ。
改札を抜けて見えるのは、高校から帰ってきたであろう生徒たちの疎らな下校の波。腕時計に目をやれば、短針が6の数字をとうに通り過ぎている。高校は6時が最終下校時刻。
生徒ではない彼のことだからすぐには帰らないと思いたいけど、しかしそれもきっとごく僅かな時間。
なにしろ、彼は「早く帰りたい」が口癖となっている不良教師だから…。
「急がないとっ…」
定期をバックに入れ、減ってきた生徒たちの波を逆らうように走り始めた。
3月になったとはいえ、海辺が近いこの場所はまだ風は冷たく、触れる肌が少し痛い。
手にしているヴァイオリンケースが少し気がかりだったが、だからと速度を緩めるわけにはいかず、できるだけ振動を与えないようにだけ心掛ける。
途中、自分に気づいた生徒が声をかけてきたように感じたが、慌てているせいかうまく反応できず。心の中でごめんと謝りながら、学校へ向かう速度をさらに早めた。
そんなには遠くはない、通いなれた通学路。目の前の赤信号に足を止め、少しだけ荒くなった息を整える。
(今日は日直だから面倒だって愚痴っていたはずだったから…多分大丈夫、のはず)
信号が青に変わると同時に、再び走り出す。
駅を出たときは薄暗かった空も、今はさらに暗さを増し、街を夜へと染め上げていく。
やっと見えてきた高校の正門にはもう生徒の姿はどこにもない。
僅かに灯りがあるのは、二階部分にある職員室だけ。
「はぁ…やっと、着いた…」
正門前で足を止め、また乱れてしまった息をなんとか落ち着かせ、うっすらと浮かんだ額の汗を袖で拭う。
そして正門から職員室を見上げれば、先ほどまで付いていた筈の灯りが消えている。
左手の腕時計を見れば、時間は6時半の少し手前。すっかり真っ暗になってしまった学校に、僅かに不安を感じる。
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