*C-book*

□渇望=前=
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ふたりで過ごせる時間は、長く持てるものではない。
どちらにも、それぞれが生きている場所がある。
ふたりが同じ時間を過ごせる場所は、金澤の職場である学院か、彼の家だけ。
外で大手を振って付き合えるような関係ではないことを、一番知っているのはお互いで。
そこにあるのは、互いを愛しいと思う気持ち。誰よりも、その傍にいたいと願う、心。
だからこそ、こうして王崎の時間がとれるときは、ふたりで過ごすようにしていた。
人知れず、ふたりだけでそっと、温もりを分け合いながら。




「…んで」
温もりが戻った頬を離してやり、その顔を覗き込むように金澤が問いかけた。
「なにをそんなに、見上げてたんだ?」
声に顔を金澤の方へ一度向け、疑問の意味を理解すると、王崎は再び空を見上げた。
それにつられるかのように、金澤も顔を上げる。
ふたりの視線の先には、淡い白光を見にまとった月が、闇の空に光り輝いていた。
今宵は満月なのか、普段よりものその輝きが強く、周囲の星明りさえ消し去ってしまっている。
「月があまりに綺麗だったので、見惚れていて…」
「ふ〜ん…」
「月に海があるなら、どの辺りなのかとか・・・色々考えていたんです」
「月ねぇ・・・」
言われれば、確かに美しい月ではある。だがずっと眺めているにしては季節が悪すぎる。
暖かな季節であれば付き合ってもいいが…と、金澤は月から興味をなくし、視線を王崎へと戻した。
王崎はいまだ月を見上げている。その表情は柔らかく、瞳を細めてうっとりとしていて。
月明かりに横顔が照らされて、月よりもその顔に金澤は見惚れた。
綺麗な顔をしていると思う。目のラインや、頬のまろさや、ゆるりと弧を描く唇。月明かりを溶け込んだ瞳は、純粋な彼の心を表すかのように透き通っていて。
肌にかかる髪は柔らかな紅色。ふわりとしたそれは、柔らかな物腰と優しさに溢れている彼にはよく似合うと、贔屓目を抜いても、素直にそう感じた。
(恋の魔力ってのは、恐ろしいもんだなぁ…)
同性であるはずの彼にここまで見惚れる自分が、内心嫌いではない。そんなことを思う自分に少し呆れ笑い。いつのまにか、この恋人に酷く依存している自分がいる。
王崎とは付き合い自体は長いが、それを恋として自覚したのはつい最近のこと。大切に思う気持ちは同じ、だが友情と恋情は紙一重。その一線を踏み越えたのは、一体どちらであっただろうか。
複雑になりかけた自身の思考をそこで止め、やれやれと髪をかいて、その手で彼の視線を覆った。
視界が暗くなったせいか、小さな驚きの声があがる。
「あんま見つめんな。……拗ねるぞ?」
拗ねた調子でそう耳元で囁けば、ぷっと小さく吹き出す音。そのままくすくすと王崎は笑い出した。それを笑うなという意味を込めて髪をぐしゃぐしゃと撫でてやる。
「とりあえず、さみぃ。中入るぞ」
「…ですね」
にこりと金澤に微笑み、そっと自身の指を金澤へ絡ませ、促されるままにベランダを後にした。
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